11-Ⅱ サルキオス視点
「?」
サルキオスが執務室の扉を開け、廊下へと出ようとしてドアのノブを回した途端。扉に何か当たるような違和感を感じた。
少し警戒しながら扉をゆっくり開けるとそこには。
「これは……?」
視線を下げると、扉の開閉を妨げていたのは小さな麻袋が一つ。
見慣れた聖の紋章が入っている。
騎士団支給の袋だ。
そうであっても「危険物ではないのか」とサルキオスは気を抜かずに中を検めると、袋に入っていたものは……塗り薬と包帯と手紙。塗り薬は特殊な配合で調合されているようで、今まで見たことが無い様な色合いだった。しかし、匂いはどこかで嗅いだ事があるような懐かしいにおいがした。
何処で嗅いだことがある、匂いだったろうか?
サルキオスは思考を巡らせながら、これもまた騎士団支給の便箋に書かれた手紙を読む。文字は柔らかな女性らしい書体。
『――――先ほどは失礼しました。
手は大丈夫だったでしょうか?
もし、具合が悪いようでしたら使ってください』
「………………」
急に、左手の甲を貫いた痛みがぶり返す。
手紙の内容に、先ほどの緑の女性騎士かと、サルキオスは認識した。
どうやら直接渡しに来れないほど、自分を恐れたらしい。
それは絶えず頭を下げていた所為で、蒸栗色をした髪の印象しかない事でも慮れる。
ああもそそっかしい態度で、騎士としてやっていけるのだろうかと疑問視してしまうが、ヨネスから自分の態度を非難されていた事を思い出し……それほど彼女を慌てさせたのかと、少しため息をついた。
彼女を非難するつもりはない。
騎士団に入り、全くの他人と関わり合うまでは無自覚だった。自分の姿や態度はどうやら「冷たい」らしい。らしいというのは、自分では特に他者に冷たくしていると意識した事はないからだ。その生まれ持った冷たさが、人を圧倒させ、怯ませる。サルキオスからしてみれば、感情が豊かで起伏の激しい人間が苦手で、気圧されてしまうというのに。
この国の貴族階級の血筋には、それぞれに独自の特徴である「体紋」と呼ばれる身体的特徴が現れる事がしばしば見受けられる。
サルキオスにはアウフシュナイター家、一族特有の体紋が色濃く出ていた。
本来ならば暖かな印象を与える筈の金は薄い色彩の白金の髪。
冴え凍る泉のように静かで、清冷な翡翠の瞳も酷薄な印象を受ける。
整いすぎて寒々しく表情の読めない面持ちは、一族の中でも特に当主である父親に酷似していると、褒められていたから誇らしかった。だから、その誇らしさゆえに、変わろうとも思わなかった。他人に歩み寄ろうとも思わなかった。それなのに騎士になりたての新人時代……今よりも少し若い頃のほろ苦い記憶……を思い出しそうになって、その思い出と、先ほどの女性騎士の見事なまでの謝罪ぶりが、新人という共通点だからだろうか、サルキオスには重なり甦る。
そういえば顔ははっきりと見えなかったが――あの髪の色。
それはサルキオスに、あの収穫祭で会った少女を連想させる。
本当は、声をかけようとは思っていなかった。
収穫祭の自主見回りも始めてから数年になる。
これだけ大規模な祭りではどれだけ警備を強化しても、小競り合いは起こるのは必死だった。
困っていそうな人に声をかける、その度に怯えられるか、理由は不明だが拝まれると言う始末で、サルキオスにとっても、相手にとっても非常に困惑してしまうという事態へと突入することが多く、それ故に極力、急を要する人間にしか声をかけないように、彼は心がけていた。
聖の騎士の制服が巡回をすることで、騒動の抑止力になればいいと思いながら。
彼女は急を要していない。
その基準からいえば、サルキオスが声をかける筈ではなかった。それなのに声をかけてしまったのは、まるで迷子の子供のように、彼女の心細さが顔にでていたからだ。
サルキオスにはない表情の豊かさが、彼女の心情を手に取るように物語っていた。敬遠されるのを覚悟の上で声をかけると、彼女はサルキオスと視線を合わせようとはせずに、ぎこちなく身をひいていた。案の定おそれさせてしまったらしい。しかし心から恐縮しているらしく、丁寧な態度は失礼な態度とは言い難い。その態度はヨネス相手でも変わらなかった……ので内心安堵する。それに声をかけてから視界の端に映った、祭りの雰囲気に酔い任せた若者の集団が、彼の姿をみて引き返すのを見届けると、改めて声をかけたのは間違いではなかったと確信する。
サルキオスが声をかけたのは――断じて、ヨネスが言った軟派な理由ではない。
ではないのに。
時間が経つほどに自然に、サルキオスに話しかけ、笑いかけ、見つめる。
自身も同行者とはぐれて困っているというのに、子供を助けようとし、そして目の前にサルキオス……男性であり聖の騎士、がいるにも関わらずに自分でどうにかしようとする。だからといって、サルキオスという存在が拒否されてはいない。彼女の行動が驚きの連続だった。
まるで一緒にいるのが当然かのごとく、彼女は一緒にいてくれたので何故か離れ難かった。
感じる既視感。
やはり、どこかで会っているからこそ、彼女とこうも緊張感なく普通に過ごせるのだろうか?
それゆえについ、不躾に凝視してしまい、彼女を戸惑わせた。
お礼のつもりで、広場が見渡せる屋上に連れてきたはずなのに、本当はどこかで個人的理由。既視感の正体を確かめたかったのだろうか?
でもその存在も、純粋な理由で花冠を残して消えてしまった。
その花冠は未だ色あせる事もなく、記憶と共に色鮮やかにサルキオスの騎士団内の私室に飾られている。
広い王都では、もう二度と会うことはないと思っていた――しかし、彼女には再び会わなければならない「理由」が自分の机の引き出しにある。
サルキオスは自分でも形容しがたい複雑な気持ちで、それを思い浮かべた。




