11-Ⅰ
折角クライブに押してもらった背中だったのに。
やっぱり本物に会うと……謝るどころか、逃げ帰ってきてしまったリーヴィは、廊下をあてもなくあるいていた。
――何故、私の執務室に無断で入っているのです?
収穫祭の時の少し柔らかく打ち解けた姿とは、打って変わった上役の雰囲気。
言葉で刺すように告げられた時に、その勇気は急速にしぼんでしまったと言うか。誤解は解けたが、今でも心臓が苦しくなるほど、サルキオス様の非難の言葉が痛い。そして、彼が触れた額は、痛さとは別の熱を持っていた。
サルキオス様。
手……きっと、痛かったよね?
更にまたサルキオス様に迷惑を掛けてしまった、と。今にも泣いてしまいそうになりながら、悶々としていた所。その衝撃から我に返って、肝心な事に気がついた。
「書類!!」
自分の失態だけならまだしも、ワイト団長直々に命じられた仕事を放りだすなんて。
更に失態を重ねてしまった。
我に返って慌ててリーヴィはサルキオス様の執務室まで折り返す。すると、丁度ヨネス団長が書類を持って出てくる所だった。リーヴィはその差をやっと埋め。ヨネス団長が、隣にある自身の執務室の扉に手をかけて入ってしまう前に、追いついてから声を掛けた。
「ヨ、ヨネス団長! 申し訳ありません」
「おーやっぱり居たか! どこかにまた頭、ぶつけなかったか?」
「い、いえ」
ヨネス団長にとっては、リーヴィが途中で退出したのは、何でもない事のようだった。
それどころか、よほど動揺していたことを見抜かれたのか、からかう調子だが心配そうに声を掛けられる。
「ならよかった。これからこの書類、俺の部屋でぱぱっと片付けるから、ちょっと待っててくれ」
「? 時間が掛かるのではなかったのでしょうか?」
「いやーサルキオスが帰ってきてくれたお蔭で、すぐ終わりそうだ」
「そ、そうですか」
「それにしても今日は、俺の所為でスマンな。とばっちりでサルキオスのヤツに怒られて、怖かっただろう?」
ヨネス団長に茶化して言われて、リーヴィは心に引っかかる。
怖い?
確かに、あの時のサルキオス様は厳しく、おっかなかった。
けどそれよりも……。
リーヴィは思った事を心に飲み込む。
「いいえ、あの状況では誤解されても仕方ありませんし。その事はサルキオス様にも謝っていただきましたから。あの……それよりもサルキオス様の手は、大丈夫だったでしょうか?」
おそるおそる、そうヨネスに尋ねると、ヨネスは大げさに頭を抱えた。
「くあーっ!! 分かってもらってるよ……。
もう本当にアイツには勿体ねーな! いや、むしろこういう貴重な性格だから……」
リーヴィから目を逸らして、ヨネスは何かに気を取られているように、ブツブツと唱えだした。意味が解らなくてリーヴィは尋ねる。
「え、あの?」
「いやいやいや、こっちの話。そうだなぁ大丈夫というか、心配ははっきりいっていらないと思うぞ」
さっきの、サルキオスの様子を見て。
ここで「心配したほうがいい」とはさすがに言えないヨネスだ。
「俺はこれから部屋に戻るから、半刻ほどしたら書類を取りに来てくれ。その間お前さんは騎士団内を自由に見学するなり、好きにしてくれていいから」
ヨネスがサルキオスに書類を押し付けなかった理由はただ一つ。
自分の所為で、リーヴィが怒られてしまったのだ。責任を感じての事である。アレだけの怯えぶりでは、今日中のうちにサルキオスに会うのは辛いだろうという、良心の呵責……上役としての当然の配慮だ。
「は、はい」
ヨネス団長が書類を持って、悠々と自室へと去っていくのを見送るリーヴィ。
利き手ではないにしろ、剣を振るう騎士にとって手の違和感は致命的だ。
心配ないとは言われたけれど、サルキオス様の手は用心に越した事はない……団長から騎士団内を出歩く許可を得た事だし。
取り残されたリーヴィはあることを思いつき、廊下を進む足を速めた。




