10-Ⅰ
リーヴィは室内に入るなり、思いっきり頭を下げた。
角度は深々と45度、最敬礼だ。
心情的にはもっともっと頭を下げたい。
「す、すみません。サルキオス様!!」
サルキオス様のあの透明な瞳で見つめられると、何も言えなくなってしまいそうで。
――先手必勝。
しかし、かなりの時間がたっても、サルキオス様からの声が掛からない。
リーヴィは段々と怖くなってきて、顔が上げられなくなった。刻々と時間が経ってゆく。
その緊張の時間を破ったのは……申し訳なさそうな声だった。
「えーっと、なんというか。サルキオスじゃなくて、すまん」
「?」
どう聞いてもサルキオス様の声ではないので、リーヴィはおそるおそる頭を上げる。
声の主は、窓辺にある聖の騎士団の紋章旗を背にして、執務机に座っていた。
白い騎士服は同じだが、困ったように苦笑してガシガシと頭をかいているのは、居るとばかり思っていたサルキオス様ではなくてヨネス団長だった。
「あっ……す、すみませんヨネス団長! お部屋を間違えたみたいですっ!!」
「待て待て」
「? なんでしょうか? ヨネス団長」
慌てて、一礼をして部屋を出て行こうとするリーヴィ。
しかし、ヨネス団長は呼び止める。
「いいや、お前さんは間違ってない。ここはサルキオスの部屋だよ」
「そ、そうですよね……」
落ち着いて見ればそうだ。
そう何度も入ったことはないが、サルキオス様の部屋は持ち主を表すように、生活感がないほど乱れなく、綺麗に整った部屋だった。整いすぎていて寒々しい。居るのさえも気を使うほどの余所余所しさだ。
そんな中、デスクに座っているヨネスは生き生きとして対照的で、はっきりいってこの部屋の主と言うと違和感がある。
「部下へのちょっとした冗談のつもり、で奴のマネだったんだが、すまないな。
緑からお使いか? 残念な事にサルキオスは留守だ。
…………って君はっ!」
「?」
ヨネス団長は話しながら気がついたといったように、驚いてそう叫ぶと、リーヴィの顔を真剣な顔でじっと見つめる。
じっと見つめられる事、暫く。
「そうかーそうだったのか!
通りで見た顔だと思ったら、君は騎士だったとは……。
アイツめ……俺には名前さえ聞いていないと、ぬかしやがって」
「?」
勝手に納得して、少し不機嫌そうに独り言をいっているヨネス団長に、リーヴィは困った顔をする事しかできない。
「あの、ヨネス団長?」
「え? ああ、すまん。君はこの前の祭りの時に会った、お嬢ちゃんだよな?」
「あ、はいっ!」
いいかげんそうに見えても、目の前にいるのは聖の騎士団長。
収穫祭の時はフレデリカの侍女達に作られ、リーヴィは別人のような姿だったにもかかわらず見抜かれる。
「あの時はお世話になりました。それなのに自分が騎士だって言い辛くて、名乗らずにいて、すみません」
「いやいや。……休日だったのなら上司とは係わり合いになんてなりたくないだろう? それに別に俺はなにもしてないしな」
ヨネス団長は全く気にせず笑顔で、リーヴィの謝罪を受け流す。
そう言ってもらえて、リーヴィはすごくほっとした。
「で、折角サルキオスに会いに来たっていうのに、いなくてすまないな。
アイツは今、紅の方に用事があって行っているんだが……喧嘩したのか? アイツと」
「? いいえ、そういう訳では……あ、居らっしゃらないんだったらいいんです。ヨネス団長にお会いできてよかった、今の時間は居ないはずと聞いていたので」
リーヴィはヨネス団長の微妙な言いまわしに少し疑問を感じた。
しかし手元に持っている書類と『本来ならヨネス団長にといいたい所ですが』と言っていた、ワイト団長の言葉を思い出しそう言った。
サルキオス様に会えなくて、ほっとしているような、残念なような……微妙な気持ち。
「うーん」
「……どうかされましたか? ヨネス団長?」
リーヴィの言葉にどこか変な所があったのだろうか?
ヨネス団長は顎に手を当てて、考え込むような表情をする。
「てっきりサルキオスと……喧嘩して謝りにきたと思ったが。アイツに虐められてるとか?」
「と、とんでもありません!!」
「いや、入ってきてからのお前さんの謝罪は見事だったからな、てっきり」
「あ、あれは……その……ヨネス団長と同じで、私サルキオス様にも自分が騎士だという事を言いにくくて……ですね。それで初めに謝ろうと思って、室内に入った瞬間謝ってしまいましたっ!」
「…………そ、そうか」
勢いついて一気に説明したリーヴィに、あっけに取られたようにヨネス団長は頷く。
そして次の瞬間、リーヴィが思っても見ない言葉を残念そうに呟いた。
「てっきりお前さんとサルキオスは、恋人同士になったんだと思っていたが……違うのか」
「!?」
こ、恋人って??
わ、私とサルキオス様、が??
あまりのヨネス団長の予想外の言葉に、リーヴィは言葉も出ない。
その代わりに、顔が今までにないほど赤くなっていた。ヤカンでお湯が沸かせそうなほど顔に血が上っている。数秒たってやっとヨネス団長の言葉の衝撃が落ち着いてきて、リーヴィは口を開く。
「ちち、違います! サルキオス様とは何でも……って! も、もしかして。そんな勘違いされるなんて、ヨネス団長はあの花冠の事知ってるんですか?」
「ああ、ばっちり知ってる」
「わ、忘れてください~~。私、あの花冠の意味を知らなかったんですっ! 間違えてたんですっ!! そう、ちょっとした手違いでっ!」
サルキオス様以外にあの事を知っている人間がいるなんて。
リーヴィは恥ずかしさの発作がまた沸き起こって、いたたまれない気分になる。そのせいで自分では分からずに挙動不審になっているリーヴィに、ヨネス団長は温かい笑顔で謝った。
「いや、スマン。そのことは分かっているよ、アイツには安らぎが必要だろうし」
「……はい。お体に気をつけて頂きたくて、あれを差し上げたんですが」
「まぁ、王都出身じゃないなら知らなくて仕方ない事だから、気にするな。事実サルキオスは気にしていなかったからその点は安心していい」
「そ、そうですか!!」
サルキオス様気にしてないんだ……よ、よかった。
そうだよね、ただ何も分かってない子供がしでかした事のように、気にしていないのが想像できる。
……でも、それはそれで、ちょっと切ない気がするけど。
ヨネス団長のその言葉で、先ほどからの身もだえするような感情が少し楽になって、リーヴィはすごくほっとした顔をする。
それを見て、一方のヨネスは安心するとともに、ちょっとサルキオスが気の毒になった。
安心したのは、自分の勘違いでのリーヴィのあわってっぷり。きっと年頃の女性にとっては……こういう類の事はデリケートな問題で気に病むと思ったから、そのフォローが出来た事。
事実、ヨネスが見たところサルキオスは気にしていなかった。それはサルキオス自体、ジンクスというものを知ってはいても信じはしない性質だからだろう。
そしてサルキオスが気の毒になるのは……これでほっとされるなら、脈、全然ないんじゃないか? と思っての事だ。
そんなヨネス団長の考えなんて、勿論気がつかないリーヴィは、相手の機嫌を伺うようにこう言った。
「あの、ヨネス団長にお願いがあるのですが」
「ん? 何だ?」
「サルキオス様には、今度、直接謝ろうと思っているんです……それで、この事はそれまで内緒にしていただけないかと……あつかましいお願いしてすみませんっ!!」
「そんな事か、お安いご用だ。俺もそんなに野暮じゃないからな」
「ありがとうございます!」
リーヴィは頭を思いっきり下げて……。
思いっきり大事なことを忘れてた。
「あ、あのそれと後一つ」
「?」
「これ、ワイト団長から預かった書類です……」
「あ、ああ」
ヨネス団長は笑いながら……リーヴィから書類を受け取る為に手を伸ばした。




