09-Ⅰ
いくら足取りが重くても……。
リーヴィは『団長から頼まれた』という責任感で馬を走らせることを止める事はなかったので、あっけなく聖の騎士団院の門の前に着いてしまった。
勿論、こんな短い時間では気持ちの整理がつく訳もなく。
なんとも表現しがたい表情のまま。
聖の騎士団の門扉は開け放たれていて、一見誰でも通れるように見える。
しかし、許可されていない外部からの侵入者が通り抜けようとすると、側塔の内側に作られている詰所から聖の騎士が出て来て取り押さえられるだろう。
入場者チェックで、緑の騎士としての身分証明である鑑札を見せ、名乗りを上げる。その時に動揺をうまく隠せなかったようだ。リーヴィのあまりの挙動のぎこちなさに、顔見知りの聖騎士に何かあったのか高圧気味に問いただされる。
「緑の団長からサルキオス様へのお使い」で緊張していると説明をする。
本当の事だが真実とは全く違ったが、「あぁ」とその言葉だけで納得し、気の毒そうな顔をされて入場を許可された。
――同じ聖の騎士からでさえも、新人が怯えてしまうのは仕方がない事だと、納得されてしまうサルキオスなのだった。
騎士団内の建物に入った廊下は、流石王宮内に併設されているだけあって、緑の騎士団とは違った格調高い雰囲気を醸し出していた。建物自体、手入れが行き届き。品があるように感じる。そのよそよそしさに、リーヴィは一歩一歩ごとに緊張が深まってしまう。毛足の長い絨毯が沈む心地は、まるで足取りを絡め取っていくようだった。
そしてサルキオス様……副団長の執務室へ続く廊下へさしかかる。
「あれ? ベルツじゃないか。何してるんだよこんな所で」
廊下の角を曲がった所で、リーヴィは声を掛けられた。
うつむきながら……しかも考え事をしながら歩いていた所為で、声を掛けられるまで全く気がつかなかった。思い切り顔を上げると、そこには蒼の騎士団員のクライブ=グラントルスラーが、普段なら猫のような琥珀色の目を皿にし、呆れたように見下ろしている。
そうはいってもリーヴィより同じぐらい……いやわずかに目線が低いぐらいなのだが。
髪は黒髪の猫っ毛。
瞳は琥珀色。
まだ少年の面持ちが抜けない彼は、まるで子猫のような印象がある。偉そうな態度をとっていてもどこか憎めない可愛さがあった。
さっき、ワイト団長でも失敗したというのに。
リーヴィは慌てて挨拶をした。
「クライブ様……こ、こんにちはっ!」
クライブはリーヴィよりもひとつ年下で、同期入団。
騎士の勲位で言えばリーヴィと同じ新米騎士ではあるが、貴族であるので自然と敬語になってしまう。
「「おやおや、僕達も居るんだけどね」」
完璧な斉唱。
クライブよりも身長が高く、見えていたはずなのにリーヴィは全く気がつかなかった。クライブの後ろから……全く同じ顔、同じ蒼の騎士服の二人の青年が、同じ言葉、同じ声でリーヴィに話しかけた。
まるで鏡から抜け出したような左右対称。
この国では見かけるのがとても珍しい双子だが、この二人の出自はオルファトッカータ家。双子が良く生まれると有名な貴族である。
二人は顔も身長も体つきも外見はそっくりだった。違いと言ったら、前髪の分け目と、サイドで結わえた細い三つ編みが左右どちらかにあるかぐらいなのだが。その分け方も日によって、代わる代わる交代するので、一見してはどちらがどちらかわからない。むしろ、どちらがどちらだと、見分けられないようにしているようだった。
「あっ、えーっと……」
リーヴィは二人をじっと見つめる。
そして右の人物を見て「ヘーゼル様」左の人物を見て「グレンデル様、こんにちは」と挨拶をした。
二人は、そっくりだ。
けれども、リーヴィにはじっと見ていると、なんとなくどちらがどちらか分かる。印象的にはどことなく生真面目に見えるのがヘーゼルで、どことなく不真面目に見えるのがグレンデルだ。
間違えたくない一心で、リーヴィは二人に会った時は、じっくりと見て、考えてしまう癖がついていた。……失礼だとは思うけれど。
「……正解。よくヴィーは分かるね」
初めに挨拶された、ヘーゼルが嬉しそうに笑う。
「そうだよ、なかなかいないよ。会ってから全問正解の人間は。さすがフレデリカの友人でもある」
大げさに頷きながら言ったのはグレンデル。
そのためか、双子はリーヴィの事を親愛の情を込めて「ヴィー」と勝手に愛称をつけて呼んでいた。
「い、いえ」
でも、フレデリカは……考え込む事はしないで一瞬で分かるんだけど。
そう言って否定してしまうのは失礼になると思って、リーヴィは曖昧に返事をする。
「おい」
いつの間にやら双子の兄弟に隠れるようになっていたクライブ。二人の後ろから、不機嫌そうなクライブの声が聞こえてきた。
あ、そうだった。
クライブ様に質問されていたのだった!
人から聞かれたことをそのままにするなんて、怒られても仕方ない。
リーヴィは慌ててクライブに謝る。
「す、すみません。クライブ様! 私は今からサルキオス副長にワイト緑団長から預かった書類をお持ちしたんですけど……」
「サルキオス副長にか、ご苦労な事だな」
「あ、いえ、別にそうでもありません」
「…………」
「どうかされましたか? クライブ様」
話しながらみるみるうちに渋面になっていくクライブを見て、リーヴィは何か失礼な事を言ってしまったのだろうかと内心おろおろする。
そんなリーヴィとクライブの両方を見ながら、双子はたまらないといった様子で、吹き出していた。




