07
――――まさか、まさかっ!!
そんな意味があるなんて、私は知らなかったのにっ……。
「……ヴィ」
本当に私は、何て事をっ!!
「リーヴィ。リーヴィ=ベルツ」
「あっ、は……はいっ! なんでしょうか? ワイト団長っ」
収穫祭から数日後、緑の騎士団院内。
リーヴィはあまりの恥ずかしさを持て余しながら、一心不乱に廊下を歩いていた。
名前を呼ばれていることに気が付けば、中庭に面した団長執務室の前。
思うだけで穴があったら入りたくなる……いや、なくても掘って埋まってしまいたいような感情に気を取られていたので、緑の騎士団、団長のワイトが何度も声を掛けていたというのに、気付くのがかなり遅くなった。
気がついた瞬間に、背筋をピンと伸ばしワイト団長に向き直る。
団長はリーヴィと親子程の年の差があり、年をとっても優しげな甘いマスクには隠れファンがいると言う程の美丈夫だ。動作は優雅で洗練されていて、一見そのゆったりとした雰囲気から余裕がある懐の深い好人物に見える。
「元気があるのは大変結構なのですが、私はそんなに存在感が薄いですかね?」
「い、いいえ。私の不注意です、申し訳ありません。団長」
団長の表情も声音も、にこやかだが。
台詞まわしにそこはかとなく……何かが感じ取れる表情を浮かべていた。
しかし言われた当の本人のリーヴィは、そのそこはかとない雰囲気を察する余裕もないままに、素直に言葉通りに受け取って、あわてて頭を下げた。
……リーヴィは、新人なのでまだ知らなかった。
団長はその甘いマスクが浮かべる笑顔も声も優しげだが、その口から漏れ出る台詞回しが大不評で、一癖も二癖もある人物……つまりは笑顔が胡散臭い、と。裏では一般的な騎士の面々からそう評価されていた。
優しげな外見や声色、に騙されず。
ワイトの「台詞だけ」抽出すれば、どことなく嫌みを言われている気分に陥る、と。
「……まぁ、いいでしょう。この書類をサルキオス副長に至急届けてもらいたいのですが、行ってもらえますか?」
「え!?」
そう言いながらワイトは、月例報告書と書かれた書類の束を差し出す。
リーヴィはサルキオス様の名前を聞いて驚きの声を上げてから、はっと団長の前だという事に気がついてあわててその驚きを隠した。
ワイト団長にとっては、いつものお使いのつもりだったのだろう。
リーヴィのその反応は予想外のようだった。
「……何か問題でも、あるのでしょうか?」
これぐらいのお使いも出来ないのですか? と、幼子に向かっていいたげな、優しい表情をワイト団長はリーヴィに向けた。
確かに小さな子供にでもできるとても簡単な頼まれ事だ。
……今のリーヴィでなければ。
「そ、それは……。
サルキオス様に、直接届けなければいけない……ですよね?」
今の状態ではサルキオス様に直接会うなんて、気まずいどころではない心理状態のリーヴィ。
でも直接会わずに、ただ書類を置いてくるだけなら、何とかなるかもしれない。
そう考えたのに、ワイト団長はきっぱりとその希望を断ち切った。
「そうですよ。本来ならヨネス団長にといいたい所ですが、あの人はこの時間帯は捕まえるのが難しいでしょうからね、ここに承認印を……」
書類の承認印を押す場所を指差しながら、リーヴィの表情が絶望的に曇っていくのを見て、ワイト団長は言葉を切る。
「サルキオス副長と、何かあったのですか?」
「え、あっ、いえ、何にもありませんっ!!」
――あんな事、ワイト団長にまで言うわけにはっ!!
そう考えて、リーヴィは慌てて首を横に振ったが、その否定の仕方が肯定していることと同じだと、団長には容易に感じ取れた。
しかし、そう分かった上で、本人が何でも無いというので『何も無かった事』にする。
「そうですか、では急ぎの書類なのでここに承認印を貰ってきてください。大事な書類ですので、貴女が責任をもって私に持ち帰るように」
「……は、はい」
そう、うかない顔で返事をし、退出の一礼をワイト団長にして、リーヴィは馬を借りるために出入り口に向かった。
後に残されたワイトは、後姿でも落ち込んでいると分かる様子をしばらく見つめ……呟く。
「それにしても、彼は自分とは違って、女性には優しい……筈なのですがね」
ポロリと自然に出る本音。
ワイトは仕事中は自称を「私」と使い分けているが、私事の考えが出る時は「自分」を使う。ワイトから見たサルキオスとリーヴィの性格等全て考慮して、二人が仲違いする要素は無い筈だと首を捻り。
……まぁ人間関係というものは、予想では図れないことですがね。
特に深くも考えずそう結論付けて、二人の関係を憂慮する事を止めた。
そんな事を考えるより、ワイトには仕事が沢山待っている。
今日の夕飯に間に合うように帰宅するには、どう効率のいい処理の仕方が最適なのか。
そちらの方を考える方が、ワイトにとっては有意義な事だ。
そう頭を切り替えると、普通の人間なら考えるだけでうんざりするような量の書類が待つ、団長執務室にワイトは戻っていったのだった。




