ロジカル男子のプレゼンテーション
すぐに鞄を携えて戻ってきた卓人は、コートの隅に腰を下ろすと、私物のタブレットを取り出して熱心に作業に没頭し始めた。
〈何をしているのだろう?〉
初音は斎藤と近況を語り合いながらも、卓人の動向が気になり、幾度となく彼の方へと視線を走らせてしまう。
そうして三十分ほどの時間が流れた頃。
「勧誘用のポスターを試作してみたのですが、少し見てもらえませんか?」
卓人が作業を終えた様子で、画面を表示したタブレットを手に斎藤の元へと歩み寄ってきた。
「えっ!? 勧誘ポスター?」
あまりに唐突な申し出に、斎藤は戸惑いを隠せない。
「ぜひ、見せてくれるかな」
横から興味深そうに首を突っ込んだ藤島に促されるようにして、斎藤は差し出されたタブレットの画面を覗き込んだ。
――次の瞬間、斎藤は驚きで目を丸くした。
画面に表示されていたのは、圧倒的な完成度のデザインだった。
メインビジュアルは、ユニフォーム姿の男女二人のスタイリッシュなイラスト。
腰から上の構図で互いに腕を組み、身体を外側へ斜めに向けながらも、視線は正面を真っ直ぐに見据えている。
キャッチコピーは、『今が始めるチャンス。魂を燃やせ!』という力強いタイポグラフィ。
文字は画面の中央やや下に大きく配置されており、抜群のインパクトを放っていた。
「……すごく上手。この男女って、私と藤島君よね? 表情もいいし、このフレーズも一瞬で目を引くよね」
斎藤は画面に釘付けになり、一目でこのポスターを気に入ったようだった。
「真剣勝負の熱量をイメージして、先ほどお二人が並んで歩いてきたときのシルエットをベースに、あえて凛々しいタッチで描かせていただきました。画面の下部には、初心者が抱きやすい素朴な疑問について、Q&A形式でメッセージを入れようと思っています」
卓人が指さしたスペースには、まだ文字自体は入っていなかったが、SNS風の吹き出し形式で構成されており、視線を引きつける工夫が凝らされていた。さらに、回答者のアイコンには斎藤をデフォルメしたアニメ調のイラストまで添えられている。
興味があっても、敷居の高さを感じて一歩を踏み出せない入部希望者を、親しみやすい構成で掬い上げる――そんな明確な意図を持った卓人のプレゼンテーションは、淡々としていながらも非常に説得力があった。
「キャッチーな見出しに、心理的ハードルを下げるQ&Aか。なかなか心憎いわね」
わずか三十分足らずの間に仕上げられたポスターとは到底信じがたい。卓人の卓越したセンスと確かな手際に、斎藤はただただ感心するばかりだった。
「これはあくまで初心者へ向けた勧誘ポスターですので、即戦力になる経験者の獲得は期待しないでください」
「ありがとう、これで十分すぎるくらいだよ!」
斎藤は、即採用とばかりに満面の笑みでお礼を言った。
「それで、先輩方に一つご提案があります」
「何かな?」
「これは、あくまで全体の雰囲気を見てもらうためのたたき台です。本番のポスターでは、イラストではなく先輩方の写真を使った方が、確実に目を引くと思うのですが」
「え、えええっ!?」
斎藤の声が、思わず裏返った。
「それはちょっと……。このイラストで十分だと思うんだけど、どうして私たちの写真なの?」
「実写を使った方が、映画の告知ポスターみたいで『エモい』でしょ。それに、せっかくの素晴らしい被写体を使わない手はありません」
淡々としたロジックの中に少しの悪戯心を混ぜて、卓人は悪びれずに口元を緩めた。
「要するに、私たちに客寄せパンダになれってことね?」
「はい。うまくいけば、多大な集客効果が見込めるかと」
卓人は真面目に答えるが、実際、斎藤の美貌は群を抜いていた。
首筋のラインが綺麗なショートボブに、吸い込まれそうなほど大きな瞳。陶器のように白い肌と整った輪郭は、街ですれ違えば誰もが歩みを止めて振り返るに違いない。
お世辞抜きで、モデルだと言われても誰も疑わないレベルだ。
〈彼は、私の本気度を測っているんだわ……〉
斎藤は、卓人の眼鏡の奥の瞳にそう告げられたような気がした。
入部を迫っておきながら、自分たちが矢面に立たないのは不誠実ではないか。
彼女の胸に、キャプテンとしてのプライドが首をもたげた。
「了解よ! 公衆の面前に顔をさらすのは正直恥ずかしいけど、部員を確保するためならこれくらいの代償は必要だよね」
潔く腹をくくった斎藤とは対照的に、藤島はすでに諦めたような苦笑いを浮かべている。
「では、撮影しますので、このイラストと同じポーズをとってもらえますか?」
卓人はタブレットのカメラを起動すると、的確な指示を出しながら、ポスター用の構図を次々と画面に収めていく。
その後はポスターに掲載するQ&Aの文言を細部まで詰め、この日はお開きとなった。
ガタゴトと揺れる下校途中の電車の中、窓ガラスに薄っすらと映る二人の並び姿を見つめながら、初音は物思いにふけっていた。
〈見学に誘ったばかりに、入部するきっかけを作ってしまった私のことを、日下部くんはどう思っているんだろう……〉
自分がバドミントン部に入る不安よりも、彼に迷惑をかけてしまったのではないか。そのことが気になって仕方がなかったのだ。
胸を占める申し訳なさに耐えかねて、初音は小さく声を絞り出した。
「今日は……ごめんなさい。私が無理に誘っちゃったから、日下部くんまで巻き込まれる形になっちゃって」
「ううん、気にしないで。むしろ今はすごくワクワクしてるんだ。数時間前までバドミントン部に入るなんて想像すらしてなかったよ。本当に、人生何があるか分からないよね」
卓人は窓の外から初音へと視線を戻し、穏やかに首を振った。
予想外に前向きな言葉に、初音の胸のつかえがすうっと消えていく。安堵が広がると同時に、今度は純粋な好奇心が湧いてきた。
「日下部くんって、すごく絵が上手なんだね。あんな風に絵心がある人って、なんだか尊敬しちゃうな」
「上手いか下手かは別として、幼い頃から絵を描いて一人で遊ぶのが好きだったんだ」
卓人は少し遠い目をして、懐かしむように言葉を続けた。
「あてがわれた画用紙だけじゃ足りなくてね。壁や家電にまで落書きをしては、よく親に叱られたものだよ」
「あはは、子供あるあるだね」
叱られてしょんぼりしている小さな卓人の姿を想像して、初音は楽しそうに声をあげて笑った。
プシュー、と小気味よい音を立てて電車が駅に停車した。何気なく顔を上げた初音の視線が、ホームに設置された掲示板のところでぴたりと止まる。
「さっきのポスター、すごくかっこよかったよね。ポスターって、あんなに簡単に作れちゃうものなの?」
「あの程度なら、フリーソフトでお茶の子さいさいだよ。イラストやレイアウトのテンプレートも豊富だから、素材の組み合わせだけでもそれなりの形になるしね」
「ふーん、そうなんだ……」
初音は相槌を打ったものの、いまいちピンとこないといった様子で首を傾げた。
「もし興味があるなら、おすすめのソフトの使い方を教えてあげようか?」
「うーん。ポスターなんて今後作る機会もなさそうだし、今回は遠慮しとくわ」
「SNSの投稿画像や動画編集、それにプレゼン資料なんかにも応用できるツールだけどね。覚えておくと、社会人になっても役立つと思うよ」
「……ぜひ、よろしくご指導お願いします」
初音が綺麗に手のひらを返して努めて神妙に頭を下げると、卓人は声を潜めて妙な節回しの鼻歌を歌い始めた
「理系志望の高校生なのに~♪」
「デジタルイラストのポスターを~♪」
「シュシュっと作れちゃう、僕〜♪」
その突飛な言動に、初音は思わず電車の中で吹き出してしまった。
「あはははは! なにそれ、めっちゃおかしい!」
彼女の反応に気をよくしたのか、卓人は調子に乗ってそのメロディを繰り返す。
「目の前の女子を笑わせるために~♪」
「最近よく流れているCMを~♪」
「即興でパロディにしちゃう、僕〜♪」
つり革を握りながら楽しそうに口ずさむ卓人。こんなお茶目な一面があるとは思わなかっただけに、初音は完全に意表を突かれ、笑いのツボから抜け出せなくなってしまった。
しばらく経っても、初音の笑いの余韻は収まらない。
「もう無理、笑いすぎて本当にお腹ちぎれるかと思った……。これ、絶対に家で思い出し笑いしちゃうやつだわ……」
「ごめんごめん、つい」
卓人は言葉では詫びつつも、どこか満足げなしたり顔を浮かべている。
初音はなおも目元に涙をにじませながら、ハンカチでそれをそっと拭った。
◇ ◇ ◇
翌日――。
卓人が仕上げてきたポスターを斎藤たちがチェックし、文句なしの一発採用となった。
こうして卓人の作った勧誘ポスターは、正式に校内の掲示板を飾る運びとなった。




