リアリストの入部条件
「もし、このまま一年生男子を勧誘できなければ……どうなるのですか?」
「うちは男女でそれぞれ独立した部活として登録されているんだ。だから、このまま新入生の男子が入らなければ、男子バドミントン部は廃部の憂き目に遭ってしまう。それだけは……何としても避けたい」
差し迫った藤島の告白を前に、卓人はすぐには言葉を返さなかった。ただ、思考を巡らせるようにわずかに視線を落とし、沈黙を守っている。
しばらくして、卓人は静かに顔を上げ、藤島の思いを確かめるように問いかけた。
「……この部の中に、実際に初心者から始められた方は、どれくらいいるんですか?」
卓人の現実的な問いかけに、藤島はコートの部員たちにさっと目を走らせて答えた。
「三年生が二人、二年生が四人の、合わせて六人いるよ。もっとも、全員女子部員だけどね。だけど、経験者が初心者をしっかりフォローするから、そこは本当に心配しなくて大丈夫だよ」
卓人は神妙な面持ちで耳を傾けていたが、その表情が晴れる気配はなかった。
藤島は少し苦笑いを浮かべつつも、その眼差しに真剣な熱を宿して言葉を重ねる。
「これはもう、信じてもらうしかないけれど……釣った魚に餌をやらないような、不誠実な真似は絶対にしない。実際、高校から始めたメンバーの上達は驚くほど早いんだ」
だが、それでも卓人は黙り込んだままだった。
「やっぱり、僕がいくら口で大丈夫と言ったところで、説得力に欠けるかぁ……」
藤島が途方に暮れたように呟いた、その時だった。
「……ちょっと待ってて」
遮るようにそう言ったのは、斎藤だった。
彼女はコートの隅へと引き返し、すぐに一冊の大学ノートを携えて戻ってきた。その表紙には、使い込まれた跡がはっきりと残っている。
「これ、日々の練習内容を記録したものなんだけど、よかったら見てくれる?」
卓人はノートを受け取り、パラパラとページをめくった。それは、顧問とのやり取りが克明に残された活動日誌だった。
卓人が目をとめたのは、部員のレベルに応じて徹底的に細分化された練習メニューだ。
経験者には個々の弱点を克服するための緻密なプラン。初心者には一歩ずつ基礎を身につけるための課題が並ぶ。
試行錯誤を繰り返しながら練習をアップデートしてきた足跡が、そこにはあった。
――ただの数合わせではない。
さっと目を通しただけでも、斎藤たちの「本気」が痛いほど伝わってくる。
ノートを静かに閉じた卓人は、小さく息を吐き出す。その瞳からは、先ほどまでの冷めた警戒色が、完全に消え去っていた。
「――いくつか具体的に確認させてください。休日の頻度や、日々の練習時間はどのように組まれていますか?」
先ほどまでの拒絶が嘘のように、卓人は入部を前提とした詰めの質問を重ねていく。
〈え、ちょっと待って……それって、本気で考えてるの?〉
単なる見学の付き添いのはずだった卓人が、先輩たちと現実的な交渉を始める姿に、初音は戸惑いが隠せない。
斎藤からの丁寧な説明を聞き終え、納得した表情を見せた卓人は、「藤島先輩、最後にもう一ついいですか?」と、今度は藤島に視線を向けた。
「あぁ、何でも聞いてくれ」
「初心者でも何名か男子を勧誘できれば、先輩方の懸念は解消されるわけですね」
「もちろんだよ。だけど、未経験者を一から見つけて勧誘するのは、現実的には難しくてね。正直、手詰まり感はあるよ」
藤島は本音を明かし、悩ましげな表情を見せた。
「分かりました。真摯に答えてくださり、感謝します。ここなら、僕のような初心者でも頑張れそうです。――本日は、あと少しだけ練習を見学させてください。そして明日、正式に入部届を提出します」
そう告げると、卓人は綺麗な姿勢で、深く一礼した。
「えっ、じゃあ、入部してくれるの!?」
弾かれたように声をあげた斎藤の表情が、一瞬で明るく染まる。
「はい。中学の部活を引退してから体が鈍っていましたし、疑問や不安も解消されました。僕でお役に立てるなら、廃部阻止に向けて微力を尽くします」
淀みなくそう告げると、卓人は「ちょっと荷物を取ってくる。ここで待っていて」と初音に声をかけた。
そして先輩たちに小さく会釈すると、すぐさま背を向けて体育館の隅へと歩き去ってしまった。
「……あ、ちょっと、日下部くん!?」
呼び止める間もなかった。
呆然とその後ろ姿を見送る初音の肩に、斎藤がぽんと手を置く。
そこには、「イエス」以外の選択肢を一切許さない、満面の笑みを浮かべた斎藤が立っている。
「もちろん、初音も入部してくれるわよね?」
「……っ、はい」
その気圧されるような熱量に、初音は抗う術もなく小さく頷いた。
「それにしても、ずいぶんと面白そうな子を連れて来たわね」
楽しげに微笑む斎藤の横顔を見ながら、初音は返す言葉を失い、ただ曖昧な苦笑いを浮かべるしかなかった。




