かつての天才キッズは、放課後の体育館で静かに始動する
「パシィン!!」
初音がコートの奥に飛んだシャトルに背中を向け、流れるようなハイバックで捉えた乾いた音が体育館に響き渡る。
「分からないものね」
「何が?」
キャプテンの斎藤の呟きに、ダブルスでパートナーを組む三年生の土屋琴実が視線を向けた。
「入学当初、初音はバドミントンを続ける気がこれっぽっちもなかったのよ」
「ハイバックで、あれだけ打てるのに?」
初音が放ったシャトルは、敵陣の奥深くへと美しい弧を描いて伸びていく。
背面の姿勢から放つ難しいショット。非力な女子がこれだけの飛距離を出せること自体、基本が相当しっかりしていることを窺わせる。
さらに綺麗なフォームに、シャトルの下に入るその動きにも無駄がない。その圧倒的なセンスに、土屋は信じられないといった様子で目を丸くした。
コートでは現在、一年生の経験者女子三人に二年生の新田を加えた計四人で、十五ポイント先取のラリーポイント制によるダブルスのミニゲームが行われていた。
試合は計三ゲームが予定され、一ゲーム終わるごとに新田がパートナーを入れ変えていく。
これは新田のダブルスのパートナー探しのために斎藤が指示したもので、実際に試合形式で戦わせて相性のほどを見極めたいという意図があった。
「初音が通っていた中学、途中から週に二日しか活動できない部活になっちゃったらしくてね。本人もすっかり熱意を失って、部活にも行ってなかったそうよ」
斎藤がそこまで語ったとき、コート上の初音は、奥に飛ぶシャトルにフォアで回り込めないとみるや、今度は相手に背を向けた状態からシャトルを軽打し、クロス方向へ沈める高度なショットでさばいた。
この光景に、またしても土屋が驚きを口にした。
「あんなに上手いのに?」
「足が動いてない分、テクニックでごまかしているのは否めないけどね」
「確かにそうとも言えるけど……あれだけのラケットワークがあったら、全力でフォアに回り込む必要もないと思うけど……」
斎藤の指摘に一旦は同意するも、「中学じゃなかったら、あれだけの技術をいつ習得した?」と言いたげな表情を浮かべている。
「あの子、小学生の時は有名なスパルタ強豪クラブの絶対的な主力でね。表彰台の常連だったのよ」
斎藤は、当時の記憶を呼び起こすように静かに語った。
初音がバドミントンを始めたのは、小学3年生の時。
学生時代にバドミントンに打ち込んでいた母親の真由美の勧めで、地域のジュニアクラブに入ったのがきっかけだった。
真由美にとって計算違いだったのは、そのクラブが試合での輝かしい実績を売りに子供を集める、文字通りのスパルタ強豪チームだったことだ。
練習の厳しさもさることながら、何より過酷だったのはそのシステムである。
見込みがないと判断された子供は、容赦なく下のクラスへと叩き落とされた。
下のクラスに落ちると、練習日は週にたった一回。これでは、子供がどれだけ「上手くなりたい」と願っても、練習する機会すら与えられず、上手くなれるはずもない。
要するにそれは、子供の世界で行われる、体裁のいい戦力外通告だった。
初音と仲の良かった友達も、この残酷なシステムによって次々と切り捨てられ、コートを去っていった。
そんな環境のなかで、初音は歯を食いしばり、黙々とシャトルを追い続けた。
その結果、彼女はクラブチームの主力選手へと上り詰めていく。
高学年になる頃には大会の表彰台の常連となっており、二学年上だった斎藤との接点も、まさにこの時期にまで遡る。
当時は直接対戦する機会こそなかったものの、二人は背負う看板の大きさを通じて、互いの存在を強く意識し合う関係だった。
だからこそ入学式の日、初音は斎藤との再会を「運命的な偶然」だと信じ、それがきっかけで熱心に勧誘されたのだと思い込んでいた。
だが、実際は違っていた。
斎藤はあらかじめ顧問から中学のバドミントン経験者の情報を入手しており、偶然を装って初音に声をかけたというのが真相だった。
声をかけた当初の初音には、入部する意思など微塵もなかった。かつて持っていたはずのバドミントンに対する情熱は、すっかり失われているように見えたのだ。
──しかし、それから一週間が経った今、彼女はこうしてコートに立ち、シャトルを追っている。
「まさしく、昔取った杵柄って言葉が当てはまるわね。中学で思うように練習できなくてもこれだけやれるのは、小学生で頑張った貯金の賜物だね」
土屋が感心したように言うと、初音の過去を知る斎藤は、どこか腑に落ちない様子で視線を落とした。
「でもね、あの子のプレースタイルは、もっと気迫を前面に押し出すものだったはずなのよ。それこそ、一本決めるたびに声を張り上げて自分を鼓舞するような……。それが今は、どこか冷めているというか、内に影を潜めているというか」
そんな懸念を口にする斎藤に、土屋が言葉を返す。
「それって、柏原が小学生だった頃の話でしょ? 高校にもなれば意識も変わるし、プレースタイルだって変わるわよ。それより、そこまで熱意を失っていた彼女が、どうして入部を決めたの?」
土屋は初音から目を離さないまま、気になっていた本題へと話を戻した。
「おそらく、原因はあの子ね……」
斎藤の視線の先には、コートの端で実直に線審を務めている一年生の姿があった。
「日下部卓人か」
土屋もつられて、その少年へと視線を移した。
「最初、見学さえ渋っていたから、冷やかし半分でもいいから誰か友達を誘って来てみて、って頼んだの。……そうしたら、あの子が連れてきたのが日下部くんだったのよ」
苦笑交じりに明かされたのは、ただの付き添いだったはずの少年が先にバドミントンに興味を示し、初音が巻き込まれる形で入部に至ったという、なんとも奇妙な経緯だった。
「なるほどね、日下部に引っ張られる形で入部したわけか。……あ、もしかして本来の気迫が影を潜めたのって、泥臭く戦う姿を好きな男の子に見られたくないから、だったりして?」
土屋がいたずらっぽく笑うと、斎藤は小さくため息をこぼした。
「知り合ってまだ間もないみたいだし、それはないでしょ。まあ、動機は何であれ、期待できる即戦力が入ってくれたんだから、キャプテンとしてはひとまず安心しているわ」
「それにしても、柏原はあの地味な眼鏡くんのどこに惹かれたのかなあ」
不思議そうに首を傾げる土屋。斎藤は再びコートへと視線を戻し、ふっと口元を緩めた。
「本当に──分からないものね」
静かに、しかしどこか楽しげに、斎藤は二度目の呟きを漏らした。
◇ ◇ ◇
全体の練習が終わり、他の部員たちが片付けを始めて体育館を後にするなか、初音は斎藤から残るように声をかけられた。




