真っ当な金策と等身大の誠実
「僕がこの数年で試行錯誤して得たノウハウを応用すれば、部活を辞めなくたって十分に両立できるよ。例えば、このうすいえんどう。夏野菜に比べたら驚くほど手がかからないんだ。それに、実がコンパクトにまとまるから、送料も最小限に抑えられる」
「マジかよ!? 水やりも、虫の対策も要らないのか?」
驚く藤本に、卓人はどこか得意げに微笑んで種明かしをする。
「秘密は植えるタイミングだよ。うすいえんどうは秋に種を蒔いて、春に収穫を迎える作物なんだ。寒い時期を挟むから害虫の心配はないし、冬の水分補給は自然の雨だけで事足りる。つるが伸びたときに支柱を添えてやりさえすれば、あとは勝手に育ってくれるようなもんだよ」
部活を続けたいという藤本の願いを肯定するように、卓人はさらに話を続ける。
「その上、収穫した実をそのまま来年の種にできるんだ。ナスやカボチャみたいに、毎年苗を買い直す必要がない。当然、出費を抑えられるから大助かりだよ」
卓人が理路整然とメリットを並べ立てると、藤本が弾かれたように勢いよく身を乗り出した。
「それなら、いいことづくめじゃんか!」
目の前に差し出された救いの一手に、藤本はさっきまでの落ち込みを忘れたように声を弾ませた。
「そうなんだ。栽培が容易で、送料も低コストで抑えられる。そういう訳で、収入源はこのうすいえんどうに全振りしているんだ」
卓人は自分のビジネスモデルの正しさを証明するように、少し苦笑交じりに明かした。
「うすいえんどうにデメリットはないのか?」
すっかりやる気になった藤本から、先を見据えた具体的な質問が飛び出した
「当然、植え付ける前にはちゃんと土を耕して、下準備をしなきゃいけない。あとはさっき言った通り、つるが伸びてきたタイミングで、支柱を立ててネットを張ってやる必要がある。でも、それだって最初の一回きりの手間で済むからね」
卓人は手元でふっくらと膨らんだレジ袋を見つめながら、思い出したかのように一つ付け加えた。
「あとは、一斉に実がなるから、今の時期は収穫と発送に追われまくることくらいかな。もう少し収穫時期がバラけて、息長く少しずつ作業ができたら言うことないんだけどな……」
卓人が肩をすくめて小さく息を漏らすと、藤本は一番気になっている収益について踏み込んだ。
「ちなみに、このうすいえんどうは一体どれくらいの利益が出るんだ?」
藤本に促されると、卓人はスマートフォンのフリマアプリを起動した。
そして、過去の販売実績の画面を見せて応じる。
「昨年は、この一番小さな箱に四百五十グラムを詰めて、九百円で売っていたよ。送料と十パーセントの手数料を差し引くと、手元に残る利益はきっかり六百円だね」
卓人が親指で画面をスクロールすると、うすいえんどうの取引完了を告げる『SOLD OUT』の赤い文字が、ずらりと並んで流れていく。
その壮観な眺めに、藤本は「うおっ……マジかよ」と圧倒されたように喉を鳴らした。
卓人はさらに画面を指差しながら、大口注文が入ったときの実例を挙げた。
「一キロを超えるようなまとまった注文のときほど、この小箱が活きるんだ」
「どういう意味なんだ?」
藤本には倍以上の量を、わざわざ小箱で発送する理由が分からない。
「フリマアプリの匿名配送システムは、荷物のサイズが大きくなった途端に料金が跳ね上がるんだ。だから僕は大口の依頼が来たら、あらかじめ出品ページを『〇〇様用その①、その②』って二つか三つに分けて、別々に購入してもらうようにしている。そうして小箱で別々に手続きして発送した方が、トータルの送料を安く抑えられるんだよ」
卓人が明かしたのは、送料の盲点を突いた驚くべきコストカットの戦術だった。
手間を惜しまず、購入ページごと小分けにして、十円単位の利益を確実に手元へ残すためのシビアな計算を、彼は淡々と紐解いてみせた。
「フリマアプリのノウハウは、追々教えていくよ。それよりお腹、減ったでしょ。豆ご飯で良ければ、朝飯をご馳走するよ」
一段落したところで、卓人が食事を食べて行かないか提案をすると、初音がパッと顔を輝かせて弾んだ声を上げた。
「台所、借りてもいい? 私が作ろうか?」
「それは助かる! 母さんもばぁちゃんも朝早くから出かけてるから、ぜひお願いします」
三人で賑やかに言葉を交わしながら、収穫したてのうすいえんどうのさやを次々と剥いていく。
初音が手際よく調理の支度に取りかかる傍らで、男子二人は先ほどの続きの話題でさらに盛り上がっていた。
それから四十分ほどが経ち、炊飯器から漏れ出た豆の甘い香りが、部屋いっぱいに広がり始めた。
その香りに誘われるようにして、リビングの扉が開いて妹の香奈が姿を現した。
「あら、珍しい。お兄ちゃんが友達を連れてくるなんて……それも、女の子まで一緒だなんてね」
「日下部くん、妹さんがいたんだね」
初音の問いかけに空気を察した香奈が、一歩前に出て先に自己紹介をした。
「日下部香奈です。中学二年生です」
「私は日下部くんのクラスメイトの柏原初音。よろしくね」
初音は人当たりの良い笑顔でお辞儀を返し、藤本もそれに続いた。
やがてキッチンから、鮮やかな緑色が食欲をそそる豆ご飯と、ふんわりと湯気を立てる豆の卵とじが食卓へと運ばれてきた。
「うおーっ、何これ! 旨すぎるだろ……!」
真っ先に豆ご飯を口に掻き込んだ藤本が、目を丸くして感嘆の声を漏らした。
「本当ね。プチッとはじける食感が最高!噛むたびに豆の甘みもじわっと広がるよ」
初音も予想を遥かに超える美味しさに、幸せそうな笑みを浮かべて箸を進める。
「柏原さんって料理上手だね。お兄ちゃん、お嫁さんに来てもらえば?」
不意を突いて兄をからかう香奈。当の卓人はどこ吹く風と、素知らぬ顔で豆ご飯を口に運んでいる。
「料理って言っても、炊飯器に豆を放り込んだだけだし、卵とじだって大した手間はかかってないから……っ!」
途端に香奈と卓人の間で板挟みになった初音は、一気に顔を紅潮させ、逃げ場をなくしたように視線を彷徨わせた。
◇ ◇ ◇
その夜、柏原家の食卓にも、今朝の感動がそのまま持ち込まれていた。
並んでいるのは、あの鮮やかな緑の豆ご飯と湯気を立てる卵とじだ。
「この豆ご飯、すっごく美味しい!」
普段はグリーンピースが苦手なはずの弟の蒼空が、嘘のようにパクパクと口に運んでいる。
「これは旨い! 青臭さが微塵もなくて、豆の甘みがしっかり生きているな。これはたまらない。母さん、もう一杯もらうよ」
父親の達也はすっかりご機嫌な様子で、自らしゃもじへと手を伸ばした。
「あなたったら、お医者さんから注意されてるんだから、食べ過ぎは駄目よ!」
「何言ってるんだ。豆ご飯に豆の卵とじ、それに冷奴だぞ? これ以上健康的なメニューなんてないさ」
真由美の小言をどこ吹く風と聞き流し、達也は二杯目の茶碗にしっかりと大盛りをよそった。
「ちょっと初音、それにしてもこんなにたくさん頂いちゃって本当に良かったの? スーパーだったらね、ちんまりしたパックにちょこっと入ってるだけで三百円はくだらないのよ!」
いかにも主婦らしい目線で、うすいえんどうが入っているレジ袋を眺めながら真由美が尋ねた。
「収穫を手伝ったお礼だって。もう一人のクラスメイトも同じ量を持って帰ってたし。あ、そういえばね……」
初音は特に気にする様子もなくそう答えると、今日の収穫作業は、万引きに手を染めそうになったクラスメイトに真っ当な金策をさせるため、卓人がセッティングしたものだったのだと両親に聞かせた。
「なるほどな。万引きしようとした友達から逃げずに、正面から向き合って立ち直らせるなんて、日下部くんっていうのはなかなか見どころのある男だな」
ひと通り話を聞き終えると、達也が感心したように声を漏らす。
「他人事みたいに言うけど、あなたが倒れたあの時、あんなに冷静に行動して命を救ってくれた子よ? 普通の子じゃないのは最初から分かってたじゃない」
真由美の鋭い指摘に、達也も「そうだったな」と深く頷いた。
「確かに、中学生の頃から家庭菜園の野菜をフリマアプリで売って小遣い稼ぎをしていたなんて。発想からして、凡人じゃないよな。 それに、普通なら『高校生』という不利になりそうな肩書きは隠したがるものなのに、それを逆手にとって最大の武器にしてしまうんだから」
達也が感心していたのは、初音から聞いたフリマアプリのプロフィール文のことだった。
そこには、学生なので日中は連絡が遅れるかもしれないという事情や、小遣い稼ぎのために出品していることが正直に綴られているという。
それだけではない。無農薬での栽培であることや、自分が実際に食べた感想も付け加えられている。
その等身大の誠実さが利用者に安心感を与え、今では「頑張ってね」と応援してくれるリピーターまでついているのだという。初音はそれを、驚きを交えて語った。
「一見、眼鏡をかけた大人しそうな青年なのに、中身があれだけしっかりしていると、もう好感しかないよな」
饒舌になっていた達也の口から、うっかり余計な一言が滑り落ちた。
「えっ!? なんで日下部くんの顔を知ってるの? この前お礼に行った時、留守だったって言ってたよね?」
「……あっ」
娘の鋭い指摘に、達也は分かりやすく言葉を詰まらせる。
釈明の言葉が見つからず狼狽える父親の横で、真由美が必死に笑いを噛み殺しているのを、初音の目は見逃さなかった。
「ごちそうさま! ああ、風呂が沸いてるな、入ってくるよ!」
達也はそれだけを早口に言い残すと、その場から逃げ出すように、そそくさとリビングを後にした。
「ねえ、お父さん、日下部くんに会いに行ったんでしょう?」
わかりやすすぎる敗走を見届けた初音は、今度は隣で笑いを堪えていた真由美へと追及の矛先を向けた。
「どうやらお父さん、どうしても一言お礼が言いたくて、会社帰りにひとりで伺ったみたい」
「……それで、会えたの?」
「ええ、ちゃんと会ってお礼を言えたみたいよ。お父さん、すごくホッとした顔で帰ってきたもの」
「日下部くん、そんなこと一言も言ってなかったけど……一体どんな話をしたんだろう?」
「お父さん、話の内容は秘密だってさ。話しても『女の私じゃ男親の気持ちは分からない』んだって」
真由美は、両手をすくめておどけてみせた。
◇ ◇ ◇
ラケット選びを手伝うことから始まり、藤本の万引き未遂、家庭菜園、フリマアプリでの収益化など、これまでにない未知の体験に満ちた、充実した週末が終わろうとしていた。さらに、卓人の新たな一面を垣間見られたことは、初音にとって何よりも大きな収穫だった。
「明日から、また学校か……」
ベッドに潜り込みながら、初音はため息混じりに呟く。月曜日を迎える憂鬱さが半分、何か新しい変化が起こるかもしれないという期待が半分。そんな複雑な胸中の初音だったが、自分が新田望海のダブルスの相方候補に挙がっていることなど、この時の彼女はまだ知る由もなかった。




