第3章:偽装の悪意 真実の鉄翼
防衛本部へと向かうサイドカーの振動の中、カサヴェテスは思考を巡らせていた。
中央委員会を欺き、予算を引き出すためのプレゼン――だが、肝心の「ニッケル鋼」をどう調達するか。国家備蓄倉庫から強奪すれば即座に憲兵隊が動く。
「……待てよ」
カサヴェテスはサイドブレーキを強引に引き、道端で急停車した。
「大佐? 何か忘れ物ですか?」リアムが不安げに尋ねる。
「いや、逆だ。わざわざ倉庫を狙う必要はない。俺たちの足元にある」
カサヴェテスは地図の『ワールズエンドライン』を指で強く叩いた。
「我々が敷設したあの鉄路だ。あの区間に先行配置されていた予備レールや接続ジョイント。最新の防錆加工が施されたあの金属には、軍用レベルの高純度ニッケルが含まれている。委員会には『新型航空機のために高品質な特殊鋼を緊急調達する』と報告し、予算をふんだくる。同時に現場からは『廃棄物として回収』したレールを研究所に流す。これなら誰も疑わない」
数日後。軍中央委員会の中枢にて。
列強が兵器開発に狂奔し、いつ戦火が上がってもおかしくない緊張感の中、カサヴェテスは「空飛ぶ戦車」の図面を会議のテーブルに叩きつけた。
「これは……! このエンジン出力、この剛性……これがあれば他国の防空網など無力化できるぞ!」
将軍たちの目が飢えた獣のように輝く。これさえあれば世界を支配できる。彼らがこの兵器で他国を蹂躙する未来を想像し、喉を鳴らして狂喜乱舞した――まさにその瞬間、カサヴェテスは図面の中心に万年筆を深く突き立て、氷のように冷たい声で室内の熱狂を凍りつかせた。
「しかし、我々が戦うのは各国ではありません」
将軍たちが怪訝な顔で彼を見上げる中、カサヴェテスは絞り出すように告げた。
"It's a Dinosaur."
「……恐竜だ」
室内に響いたその単語に、歓喜で紅潮していた将軍たちの顔から一瞬で血の気が失せ、茫然とした沈黙が広がった。軍事的な勝利を夢見ていた彼らの脳裏に、文明を食い荒らす圧倒的な「絶望」が突きつけられたのだ。
「……狂気だな、カサヴェテス」一人の将軍が、喉を鳴らしながら呟く。だが、その手はすでに承認書類へと伸びていた。「だが、それが事実なら、世界中の軍事力を動かしてでもその『恐竜』を仕留めねばならん。失敗すれば……その首を貰うぞ」
カサヴェテスは表情一つ変えず、冷ややかに一礼した。
「承知いたしました。ただし、将軍。私の首と引き換えに、委員会が承認したこの莫大な予算を、全額『現場の裁量』に委ねていただきたい。私が失敗した際、この図面と資材の所在を一切抹消するための『保険』です。官僚的な手続きや監査に時間を取られれば、恐竜の到達に間に合いません。失敗した時の私の首は、貴殿らのデスクの上に置く。だが、成功した暁には……この翼の制御権は、完全に我々の部隊に帰属する」
将軍たちはしばし沈黙し、顔を見合わせた。カサヴェテスが命を懸けてまで「裁量権」を要求するその強気な態度は、かえって彼らに「この計画には軍が手出しできないほどの勝算がある」という期待を抱かせた。
「……いいだろう。部隊の裁量を認めよう。その代わり、結果が出なければ容赦はせん」
研究所では、現場指揮官のガントが、建設現場から「廃棄物」として運び込まれた大量のニッケル鋼レールを前に、呆れ顔でエドワードに話しかけていた。
「おい、エドワード。大佐は何を考えてるんだ? 工事現場の鉄路を飛行機にするなんて、世も末だな」
エドワードは溶接マスクを上げ、不敵に笑った。
「世も末だからこそ、空に逃げるしかないのさ。ガント、この鉄路はもはやただの轍じゃない。俺たちが世界を塗り替えるための『翼の骨格』だ」
権力の座で甘い汁を吸う者たちを欺き、カサヴェテスたちは着々と、人類を救うための真実を削り出していた。彼らは知っている。将軍たちが恐竜を「利用」しようとしている間に、自分たちだけは恐竜を「葬る」準備を完了させなければならないことを。




