第7章その7 驚異の適応力
ーーーPM0:20
キャンプに戻り始めて間もない時間帯。今回のフライトでは珍しい草原地帯の上空を飛行していた。
ルーシーが、 「あ! またさっきの馬だー。5頭くらいだけどー」 と、独り言のようにつぶやいた。 ついさっき見たばかりの動物で、しかも数も少ない。皆があまり気に留めず、なんとなーく首を回して振り返ろうとしたその時。
「え? え, え! えーーーーーー!? ギャーーーーーーー!!!! うわー!! ヤバいヤバいよ!! ねー! 右!! んと、西の方!!」
ほとんど何を言っているかも分からないほどの絶叫だったが、その切迫した声に押されて、皆がなんとなーく右側の窓へと視線を向けた。
「なんか、馬に乗ってるよ!! 人間!? みたいなヤツ!!」
その言葉だけで、全員の全身の毛が逆立ち、足首から立ち上った鳥肌が一気に脳天まで駆け抜けるのを感じた。
エドワードが慌てて双眼鏡を覗き込み、血の気を引いた顔で叫ぶ。 「なんて事だ……! どこから話したらいい!!」
麻と思われる粗末ながらも頑丈な衣服に身をまとい、武器のような物を背中に背負っている。彼らは「馬」に手綱や鞍のような物を装着し、見事に乗りこなして移動していた。 腕から拳にかけては、生々しい恐竜の鱗のような質感を残しており、確かに「人間」の枠組みを逸脱しながらも、間違いなく知性を持つ生物だった。何より、ほんの一瞥しただけで本能的に理解せざるを得ない圧倒的な「戦闘力」の格差が、遠く離れた機内へまで重圧として放たれていた。
ルーシーが後部座席から、ホースをクイクイと引っ張る。 「リアム! 見える? アイツら! 双眼鏡で見ると、体は人間で腕だけ恐竜だよ!」 リアムは冷や汗を拭いながら、コップを口に当てて返す。 「ありがとうルーシー! そこまでは見えないけど、確かに人間っぽいね……。めちゃくちゃ強そうだ」
緊迫した空気の中、全員が窓の外の彼らに釘付けになる。 ……その時。 先頭を駆けていた男らしき影が、ふと腕を大きく上げて何かの合図をしたように見えた。
次の瞬間、5頭の馬は一斉にピタリと減速し、その草原の真ん中でピクリとも動かずに立ち止まった。 そのリーダーと思わしき男が、ゆっくりとこちらを振り返り、空を飛ぶEXPを見上げた。 一瞬だけ「なんだこれは」という驚きの素振りを見せたが、すぐにその表情は冷徹な敵意へと変わり、鋭くこちらを睨みつけてきた。
バトラーがごくりと唾を飲み込み、冷や汗を流しながら呟く。 「ヴィンスやレオンたち……? いや、とんでもない。あいつらの強さなんて次元が違いすぎる。あいつらと俺たちじゃライオンとウサギくらいの圧倒的な力の差があるぞ……。ここで生き残るってのは、ああいう連中のことを言うんだろうな」
よくよく見ると、群れの中には女性と明らかに解るような者も混ざっている。 しかし彼女ですら、どう考えても勝てないと一目で分からされる圧倒的な雰囲気を放っている。
リアムが緊張した面持ちで尋ねる。 「どうしますか!? 近付いてみます?」 カサヴェテスが重い口を開いた。 「……ん。このまま飛行して、自然と近付いてやり過ごそう」 歴戦の兵士であるカサヴェテスですら判断に困り、即答できないでいた。
向こうの「5人」全てが、こちらを完全に認識して指を指し、何やら相談している感じがする。
エドワードが驚愕の表情を浮かべた。 「なんて事だ。アイツら、おそらく言語を使ってコミュニケーションしているぞ。動物達がする単純なアピールの類いには見えない」
ふと、アイツらが一斉に我々から目を逸らし、一方に視線を向けた。 ルーシーが叫ぶ。 「ネコだー!! ヤバいよアイツら!!」
全員が彼らの視線の方向に目を向けると、午前中に出会った「リトルボーイ」を捕食するあの特大のネコが、彼らに向けて猛烈な勢いで距離を詰めていた。
彼らの方に視線を戻すと、既に馬に乗ったまま走り出している。 しかし流石に出だしが遅れたのか、加速する前に追いつかれそうだ。
―――その時。 我々が勝手にリーダーと認識している男が、走る馬の上でネコの方向を向き、立ち乗りになった。
ルーシーが目を輝かせる。 「スゲー!! アイツ! よく落ちないな!」 カサヴェテスが真剣な眼差しで呟く。 「あぁ、しかしあの状況で何をするつもりだ……」
!!!! ヤバいぞ! もう少しで追い付かれそうになった、まさにその瞬間だった。
男は背中に背負う槍のような武器を、抜刀する軌道のままネコに向けて勢いよく投げつけた。
しかし普通に考えて、あんな小さな槍が一本刺さったところで、あの巨体に通用するはずもない。
ルーシーが思わず窓に張り付く。 「え!? どうなったの!?」
巨体を誇るネコが、その場で盛大に転倒し、凄まじい勢いで転がして大きな砂煙をあげていた。
食い入るようにネコの方向を双眼鏡で追うエドワード。 「脚だ! 前足に槍が刺さっているぞ! あの状況で、正確に前足に槍を刺して転倒させたんだ! なんてやつだ……!」
気が付くと、あの人間みたいな者たちは既に遥か彼方へと立ち去っていた。
我々とは異なる方向で進化した「ヒト」と認識して良いのだろう。




