第7章その6 走る衝撃 下がるメガネ
ーーーーAM11:45。
岩山地帯の観察に時間を費やした為、思った程飛行距離は伸ばせずキャンプからおよそ650km地点。 ジャングルの切れ目、草原地帯が広がる。 このフライトで相変わらずの第一発見者を続けるルーシーが、窓の外を指さして声を弾ませた。 「あ!!馬だー!たくさんいるよ!」 全員が視線を向けると、数十頭の馬の群れが草原を南へと猛烈な勢いで駆け抜けている。 視界も良好で「不意打ち」のリスクも少ない。リアムは軽い気持ちで機首を向けた。 「うわ!凄いですね!少し近付いてみます!」
エドワードが双眼鏡を覗き込み、眉をひそめる。 「なんだアイツらは? 何かおかしくないか!?」 ルーシーが無邪気に首をかしげる。 「うん、なんか恐竜みたいよね!」 ヴィクターが手元のノートにペンを走らせながら分析する。 「恐竜の皮を持つ馬――と、言ったところでしょうか? おまけに馬にしては大型です」 ―― DRAGON HORSE(やや大型、集団移動、爬虫類の皮と哺乳類のしなやかさを持つ)
更に距離を詰めると、群れの最後尾にいた一頭がちらりとこちらを振り返った。 「キヒィーーーーーーーーーー!!……」 おそらく「ソイツ」が叫んで、群れに危険を知らせたのだろう。
攻撃をしてくる様子はないが、エドワードが身を乗り出した。 「リアム、もう少し近付いてくれ! じっくり観察したい」 リアムは冷や汗をにじませ、言葉を詰まらせた。 「はい……それが。あの……」 「なんだ、機体に不具合でも?」 エドワードが息を呑む中、リアムは叫んだ。 「近付けないんです。近付けないんですよ!!! 時速130キロで追っかけてるのに、少しずつ距離が離れていきます……!」
「なにぃぃーーー!!!!」
ヴィクターが冷静さを装いながらも、素早く頭の中で計算を始める。 「狩りなどで最高速度100キロ程で走るチーターなどは存在します。しかし彼らはあくまで短距離のスプリンターです。アイツらはチーターより遥かにハイペースで、しかも集団で走り続けています」
ルーシーがのんびりと呟く。 「うへぇ〜凄いね〜。よくぶつからないね〜」
数十頭の群れが密集し、時速150キロ程で走り続けている。つまり、アイツらの中で一番足の遅い奴が、無理なく走り続けることができる速度がそれなのだ。
エドワードが腕組みをして唸った。 「アイツら単体で、天敵に襲われた時の爆発的な速度なら、時速200キロくらい出るかもな」
ヴィクターがすかさず計算機を叩く仕草を見せ(無いのに)、眼鏡を押し上げながら告げた。 「群れの運動エネルギーの散逸係数と個体間距離の収束値から逆算しても、間違いありません。個体代謝の限界値における瞬間推進力は、v = \sqrt{2a \cdot \Delta s} \approx 200\text{km/h} を基準として、最高速度は200キロを優に超えるでしょう」
その時。 バシィッ!! スイカでも叩くような乾いた音がコックピット内に鳴り響いた。
ヴィクターが「な!???」と驚愕し、眼鏡が鼻の下まで大きくズレ落ちる。 なんとルーシーが、後部座席からヴィクターの頭を豪快に引っぱたいたのだ。 突然の音に、運転中のリアム以外の全員がビクッと振り返る。 「な、何をするんだ!」 レックス・ヴィクター少佐(34)――エリートのキャリア組としてここまで出世してきた男が、人生で初めてと言っていいほどの面食らった声を上げる。
しかし、ルーシーはケラケラと楽しそうに笑いながら、前席のメンバーに向かって親指を立ててウインクを飛ばした。 その茶目っ気に呼応するように、バトラーもカサヴェテスも、ガントも、そして堅物のはずのエドワードまでが次々と親指を立ててみせる。 ピリついていた機内の緊張はどこへやら、明るい笑い声が一気に狭いコックピットに鳴り響いたのだった。
ルーシーは、クイクイっとホースを引いてリアムに今の一連の流れを説明すると、ブフっと吹き出して、背中の後ろで親指を立てた。
カサヴェテスが口を開く。 「ヴィクター、そろそろか?」
ヴィクターはメガネを整え直して、 「そ、そうですね。折り返して戻り始めた方が良いです」 と、平静を取り繕って言う。
カサヴェテスが、 「リアム、帰るぞ!!旋回して北に戻ってくれ!」 「了解!!」
EXPは、草原地帯で北へと方向転換してキャンプを目指して行った。
そして、その復路、彼らは別世界に踏み入っていると改めて強烈に認識する事になるのだった。




