第7章 その5 巨岩の森 驚愕の痕跡
ーーーーAM11:00。
ヴィクターが腕時計の向きを確認し、太陽の高度と計器盤のデータを照らし合わせる。キャンプを出発して以来、機体は磁北から正確に真南へ600キロメートル以上の距離を爆走していた。どこまで進んでも見渡す限りの深緑。時折姿を見せる「サプライズゲスト」たちを除けば、世界はただ単調で圧倒的なジャングルの絨毯に覆われている。
その単調な景色に、リアムがふと違和感を覚えて声を上げた。
「――ん? 何かあります!」 「柱の様な……? 奇妙な形をした、石の山が立ち並んでいる」
見れば、鬱蒼としたジャングルの中から、突如として奇っ怪な光景が突き出していた。
※数十年前に、どこかの世界線で緑色の肌の師匠に少年が過酷な特訓をさせられていたような、断崖絶壁で切り立った岩の森が広がっている。
エドワードが腕組みを解き、窓に顔を近づけた。 「火山活動などにより隆起した岩柱の類いか? 見事なもんだなー。これまでのサプライズが強すぎて、この変わった自然現象には大したリアクションも出ないが」 「高さ50メートルくらいはありますね。高度上げて近寄ってみます」
リアムが操縦桿のレバーを押し上げ、EXPの高度を微調整しながら、進行方向の岩の森へと徐々に距離を詰めていく。間近で見る岩肌は垂直に切り立ち、どれもがおよそ50メートルという均一な高さを誇っていた。しかもその天板は驚くほどに平らで、一番広そうな平面は50メートル×30メートルほどの面積がありそうだ。
「あれは凄い広さだな、上でサッカーでもできそうだ」 バトラーが呆れたように笑うと、カサヴェテスがすかさず相槌を打つ。 「そうだな〜。でもサイドラインを割ったら、もうボール取りに行けないな」
緊迫した旅の最中でありながら、ベテランたちのそんな軽口が少しだけ機内の空気を和ませた。しかし、それも束の間だった。
「んーー? あれなに? あの岩と岩の間の」
ルーシーが無邪気に指差した先を、ヴィクターが冷や汗を流しながら凝視する。 「我々の常識では考えられないサイズですけど……蜘蛛の巣みたいな物でしょう」 ヴィクターはクイッと眼鏡の位置を正した。
少し離れた位置からでもハッキリと目視できるその厚みは、人間が優に数人は乗れそうな代物だった。
「リアム、この辺旋回してくれるか?」 「わかりました! なるべくゆっくり旋回するので少し高度上げます」
グイーーーーーーーン。
リアムがスロットルを操作し、機体をなめらかに上昇させながら、奇妙な岩の森を上空から見下ろすように大きく旋回させる。誰よりも強い好奇心と鋭い動体視力を持つルーシーが、再び窓ガラスに張り付いた。
「何あれー?! ロープ……?」
その一言に、機内の空気が一瞬で凍りついた。
「ば、バカな。あぁ、あれはロープだ。自然の植物のツルの類いではない」 エドワードの声音がわずかに震える。 「ある意味、今回一番の発見かも知れない」
人工物としか思えない頑丈なロープが、岩山の頂上に打ち込まれた屈強な杭から、地上へ向かって垂直に伸びていた。よくよく目を凝らすと、その直線上には中継地点の待避所のような足場までが絶妙なバランスで設置されていた。
「……先客か? 我々より先に、ここまで到達した人間がいたと言うことか!?」 カサヴェテスが眉間を寄せた。
「いいえ、それは考えられません」 ヴィクターがかぶりを振る。 「このEXPは間違いなく世界の最先端です。しかも、人類の歴史から数えて5歩も10歩も先を独走しています」
……ちょ、待て! あそこを見てくれ!
岩山の頂上の中央付近を指差し、バトラーが低い声で叫んだ。
火を使った痕跡がある。
どころではない。 ブロック状に綺麗にカットされた石を丁寧に積み上げ、まるで計算されたかのような本格的な「コンロ」の様な炉が設置されていた。
機内から言葉が消えた。 全員が、しばし無言になる。「言葉を失う」とはまさにこの状況を指すのだろう。
やがて、ルーシーが首をかしげながら口を開いた。 「んーー? どういうこと? この辺に人間住んでるの??」
プハーーーー……!
エドワードが、これまで無意識に止めていた呼気を大きく吐き出し、重い口を開いた。 「真っ先に考えるのは、勿論それだ。想像もしていなかった原住民の存在。……しかし考えてみろ。地上50メートルの高所へ、まずはロープも無しで自力で登り、さらにロープを設置して、この高さまで加工した重い石を運び上げて調理をし、生活する『人間』……。一体どれほどの知能と、常軌を逸したフィジカルが必要だ?」
「全員が、ヴィンスやレオンクラスの化け物として生まれて来たとしても、可能かどうかだな……」 カサヴェテスが冷や汗を拭う。 「全員が!? あの人達並み!?」 リアムが唾を飲み込む。
「そうですね。しかも、幼少期のうちにあのクラスに到達しなければ、この高さに登って来ることも、ここで生き延びることも不可能です」
すると、ルーシーが後部座席から機内の備品であるホースをクイクイと引っ張った。 リアムがクイッと返すと、ルーシーはこう告げた。
「女の子もだよー。小さい女の子もここに登れないと生き残れないよー」
リアムは生唾を飲み込み戦慄する。
…が、何故俺にだけ言ったのかな?の疑問がそれを上回る。
乗組員の興味は、言葉を交わさずとも50m四方の広さを誇り、隣の岩山との間に蜘蛛の巣の様な「コイツ」に釘付けだった。
エドワードが「ヴィクター、ちょっと良いか?」と声をかける。 「はい!」 「……」 何やら二人でごにょごにょと話し込んでいる。 「あ、あぁ、そうだな」 「多分、間違いない」
何やら答えが出た様で、エドワードが一同に向かって話し始めた。
「想像以上の更に、想像以上だ。あの蜘蛛の巣の下を皆見てくれ。比較的、傾斜が緩やかだろう?」
カサヴェテスが窓際に身を乗り出す。 「あぁ、そうだな。それでも普通に登るには急すぎる傾斜に違いはないがな」 エドワードが真剣な表情で告げた。 「あれは、『ねずみ返し』だ」
??? ねずみ?!?
「ねずみ返しってのは、大昔の人間の知恵でな。蔵の米を狙いに来るネズミが這い上がって来難くする為に、庇状の板を貼った仕組みのことだ」
一同は、その説明でようやく事態の深刻さを理解する。 なるほど……自分達以外の誰かが、一度あそこの緩斜面から登り、侵入を防ぐためにあの構造を作った上で、さらにロープで安全に登り降りできるようにしたってことか!
ルーシーが目を丸くして首をかしげる。 「ん?? ちょっと待って! じゃああの蜘蛛の巣みたいなのも、人間が作ったってこと!?」
エドワードが大きく息を吐き出す。 「いや、俺の想像に過ぎないが……ヤツらは、あの巨大な蜘蛛を『利用』している。害獣や外敵を防ぐ防壁として、あるいは独自の飼育下で、他の生物を食用以外に利用する知恵も持っているって事だよ」
それはまさに、想像の斜め上をいく「想像以上の更に想像以上」の現実だった。
周辺の空域をどれだけ探っても、その「人らしき影」を上空から発見することはできなかった。 ……だが、こちらが圧倒的な高度と最新鋭の機体で観察しているのと全く同じように、得体の知れない「ナニカ」たちにこちらがすでに発見され、冷徹に観察されていたことは、この時の乗組員たちの誰も気付けなかったのであった。




