第7章 その4 下位の巨鳥シルバートマホーク
――『World's End Line』を超え、およそ400キロメートル。
アイアンクラウンEXPは、先ほどの興奮と冷や汗を飲み込むように、さらに北へと機首を進めていた。 ジャングルはさらに深く、濃密さを増している。一際高くそびえ立つ巨木が群生するエリアに差しかかると、リアムは衝突を避けるため、機体をわずかに上昇させて慎重に高度をキープした。
ふと、ルーシーが窓ガラスに張り付いて声を弾ませる。 「うわーー、でっけー鳥だーー!」
見れば、人間サイズを優に超える巨大な鳥たちが、頭上の巨木のてっぺんに巨大な巣を作っていた。巣の中には、数羽のヒナ鳥の姿が見える。さすがに分厚い防音ガラスに囲まれた機内までその鳴き声は届かないが、懸命に口をパクパクさせて親を求めている様子が視覚的に伝わってくる。 こちらが近づいたことに気づいたのか、警戒心の強い親鳥たちがバサバサと羽音を立てて飛び立ち、巣の周りを大きく旋回し始めた。
エドワードが腕を組み、険しい目を向けながら呟く。 「大型の鳥だが……この狂ったジャングルの中では、むしろ食物連鎖の下位に甘んじている連中なのだろうな。地上があんな化け物だらけなら、生き延びるためにはこうして天空に巣を作るしか知恵がなかったわけだ」
その言葉に全員が納得しかけた、その時だった。
「――っ!!? えーーーっ!?」 操縦席でリアムがひときわ間抜けな、しかし焦燥に満ちた声を上げた。 「猿……え、嘘だろ!?」
地上からおよそ40メートルほどか。眼下の深い枝葉の間に、信じられないほど巨大な影が潜んでいた。 いや、ただデカいだけではない。コチラをじっと見据えるその瞳には、ハッキリと知性が宿っていた。
「おい、ガント!? あれはお前の知り合いか、それとも親戚か!?」 カサヴェテスが冗談半分、しかし冷や汗を滲ませながら後部座席の巨漢に声を飛ばす。 「お,俺!? んーー〜、さあなぁ!?」と、ガントが困惑したように太い腕を組む。 「いやいやいやいや、そんなもんじゃないですって!! あいつ、体高3メートルはありますよ!!」 リアムの悲鳴じみた声に、全員の視線が一点に集中した。
黒々とした剛毛に覆われた巨体。そして、頭頂部から背中にかけて流れる、異様なシルバーの長髪。 既存のどの霊長類とも違う、おぞましいほど洗練されたビジュアルと、圧倒的な質量を誇る「猿らしき生物」だった。
エドワードの顔色が一気に青ざめる。 「――っ!! ヤバい、来るぞ!! 近づくな!!!」
「ソイツ」は、足元の巨木をしならせて踏ん張る体勢に入っていた。人間を値踏みするような冷徹な目で、EXPの動きを完全に捉えている。
――飛びかかる気だ。あの巨体で、この飛行中の機体に!
「――ウガォーーーーーー!!!ッ!!」
空間を引き裂くような凄まじい咆哮と共に、「ソイツ」が爆発的な跳躍を繰り出した。
「……っぐ!」 リアムが反射的に操縦桿を激しく引き、急遽機体を右へと大きく逸らした。
――ンバッ!!!
空気を切り裂くような轟音が響き渡る。 巨猿はただのジャンプではない。凄まじい脚力で大木を踏み台にし、まるで砲弾のような軌道でこちらへ直接距離を詰めてきたのだ。
「う、うわぁーーーーーーーーーっ!!!」 ガキィンッ!!! 凄まじい金属音と共に、機体が激しく左右に揺らぐ。 しかし、激突の直前でリアムが回避したおかげで、怪物の巨体は機体の視界の端をかすめ、遥か下方へと遠ざかって行った。 今のは……機体を叩いたというより、指先がかすめただけの衝撃だったはずだ。
一瞬の静寂の後、ルーシーが慌てて後ろを振り返り、目を輝かせて叫んだ。 「おぉぉーーっ! すげーー!! あいつ、隣の木に飛び移ったよ!」
エドワードは荒い息を整えながら、窓の外の残像を睨みつけた。 「間一髪で逃げおおせたが……奴は最初から機体に飛び乗るつもりだった。いや、それだけじゃない……」 エドワードは冷や汗をぬぐい、歯を食いしばる。 「奴は、EXPの機体が回避行動に出ることも、もし届かなくても、その軌道上に自分が完璧に着地できる『別の大木』があることまで計算に入れてやがった。……冗談抜きで、人間並みかそれ以上の頭脳の持ち主だぞ、あれは」
バトラーが険しい顔のまま、前方の空域を睨み据える。 「こりゃあ、のんびり地上を観察しづらくて息苦しかろうが……高度を上げていかんと、捕まったら全滅だな」
一歩間違えれば墜落していたという現実が、全員の背筋を凍らせた。
そんな緊迫した空気の中、ヴィクターだけは違っていた。 青い顔で冷や汗を流しながらも、その目は狂気的な探求心に彩られ、震える手でノートに新たなスケッチを猛烈な勢いで書き殴っている。
そこには、先ほど目撃した怪物の特徴が、走り書きで刻まれていた。
『――Silver Tomahawk』 『体長約3.2m、体重推定280kg。知能は極めて高く、樹上を移動する際の運動エネルギー計算が異常。跳躍力は並の獣の範疇を超越している……!』
――加速する進化の狂宴。 恐竜の支配する世界という予想など遥かに超越した、この『向う側』の真の脅威が、容赦なく彼らの牙を剥き始めていた。




