第7章 その2 唖然 騒然 自然
全員の息遣いや鼓動がようやく落ち着いた頃、アイアンクラウンEXPの下には、改めて見渡してもずーーっと緑のジャングルが広がっていた。目視しやすい高度30mほどをキープし、機体はさらに南下を続ける。
恐竜ばかりの魔境だと思い込んでいたが、よく目を凝らすと、どこか見覚えのある動物たちの姿もチラホラと共存しているのが見えた。
その時、後部座席からルーシーの弾んだ声が響く。
「あ!! 猫がいるよ!」
その言葉に、全員が物珍しそうに視線を巡らせる。
カサヴェテスが呆れたように声を張り上げた。
「ばか! あれはジャガーだ!」
あまりにも広大なジャングルを上空から見下ろしているせいで、地上の猛獣がまるで可愛い猫ちゃんに見えてしまったらしい。
すかさずヴィクターが、前のめりになりながらジャガーの生態解説を始めた。
「あれはネコ科ヒョウ属の……体高は約70センチから80センチ、体長は1.2メートルから2メートルほど。豊かな森林地帯における食物連鎖の頂点に臨む単独行動のハンターでして……」
――まあ、轟音の機内で誰も真面目に聞いていやしないのだが、ヴィクターは一人で熱心に語り続けている。
そのまま飛行を続けると、鬱蒼としたジャングルが途切れ、低い木々がまばらに生える湿地帯や広大な草原地帯へと突入した。
しばらくして、ルーシーがまたもや同じようなトーンで声を上げた。
「あ、ジャガーだー! 右の方に!」
「はいはい、わかったから」と、全員が流すような気持ちで一応その方向に目をやった。
――瞬間。
全員の動きがピタリと凍りついた。
「「「!!!!」」」
「――ちょっと待て、なんだアイツは!!」
エドワードが、これまでにないほど大声を張り上げる。
全員が改めて前方を凝視し、その強烈な違和感に気づいた。だが、スケールが違いすぎて、何がおかしいのかしばらく脳が理解しなかった。
ルーシーが目を丸くして呟く。
「あー、なんか牙がデカイね!」
エドワードが息を呑みながら続ける。
「あぁ、牙が凄まじいな。だが、それ以上にサイズが馬鹿げている。……おい、体高3メートル、体長6メートルってところか? 象ぐらいデカいぞ。リアム!! アイツ見えるか? サイズどうだ?」
リアムが操縦桿をしっかり握り直しながら、真剣な眼差しで答える。
「アイツ、やばいですね……! サイズ、だいたいそれくらいだと思います!!」
本業は測量士だが、それだけに留まらないリアムの空間把握の勘の良さは、仲間たちから絶対的な信頼を置かれていた。
カサヴェテスが冷や汗を拭いながら唸る。
「しかしまぁ、あの豹柄の毛皮に、異様に発達した背筋と脚……。ヤツら(恐竜)に対抗するために進化の果てに行き着いた、地上最強のネコ科と言ったところだな」
しばらくその巨大な化け猫に目を奪われていると、ヤツは突然、身を低くして草原の茂みの一方を鋭く睨みつけた。
――次の瞬間。
信じられないほどの爆発的な加速で、その巨獣が走り出した。
進行方向に目をやると、そこにはあの「リトルボーイ」の群れが待ち構えているように佇んでいた。
あのネコは、巨体からは全く想像もつかない俊敏さで一気に間合いを詰めると、暴れるリトルボーイの首元に飛びつき、そのまま一噛みしてブンブンと荒々しく振り回した。
重マシンガンでようやく撃ち倒せるほどの巨体を誇るリトルボーイが、まるで獲物の小動物のようにあっさりとハントされていく。
幸い、アイアンクラウンEXPの飛行ルートとネコの進行方向が同じだったため、しばらくその凄まじい捕食シーンを観察することができた。
一撃でリトルボーイを仕留めた圧倒的な光景を目の当たりにし、後部座席のエドワードは冷や汗を拭いながら、どこか引きつった笑みを浮かべて呟いた。
「我々が知っている常識から考えると……あそこまで大型の動物は、どうしても動きが鈍くなるはずなんだがな」
エドワードは窓ガラスに両手をかけ、信じられないものを見る目で眼下の巨獣を見据える。
「だが、あの物理法則を無視したような爆発的なスピードはどうだ。このエリアで生き抜くための『速さ』『デカさ』『強さ』のすべてを、あの巨体で完璧に兼ね備えている……。冗談抜きで、地上の生態系がひっくり返ってるぞ」
カサヴェテスも腕を組みながら、険しい表情でそれに同意した。
「あんな化け物がゴロゴロしているとしたら、この先は今まで以上に慎重にいかんと足元をすくわれるな」
後部席のルーシーは、後ろを振り返り、興奮冷めやらぬ様子で声を張り上げる。
「うわぁ、あいつリトルボーイ食べてるよ! ヤバ過ぎるでしょ!!」
ハッと何かに気づき、慌ててホースをクイクイと引く。
糸電話の向こうからクイッと返事が返ってくると、彼女は機嫌よくまくし立てた。
「ねえ、あのネコ、リトルボーイ食ってるよー! ヤバ過ぎるでしょ、あんなの!」
と、一応前席のリアムにも大きな号令を飛ばした。
そんな仲間たちの騒ぎを聞きながら、ヴィクターは双眼鏡を下ろし、両手を震わせながら呟いた。
――ドキドキドキドキドキドキドキドキ
「私が大学で学んできた生物学の常識では……いや、この世界のどこにも、こんな生態系が存在するはずがない……!」
パニックに陥るどころか、どこか子供のように目を輝かせ、嬉しそうにノートをめくり始める。
――現代の我々の時間軸とは全く違う進化の「ズレ」。
恐竜の生き残りに留まらない、この『World's End Line』の本当の恐ろしさとロマンが、今、彼らの目の前で静かに、そして圧倒的な迫力で幕を開けた。




