第6章その3 リアムの言葉 揺れる本部
「なにっ!? リアム、さっきのなんか数式みたいなヤツわかるのか!?」
ヴィンスが信じられないものを見るような目で身を乗り出す。
それに真っ向から、リアムは至って真面目な顔で答えた。
「はい、2番目の数式の X のところなんですが……」
(いや、誰もそこは気にしてないから!)と、テント内の全員が心の中で同時にツッコミを入れた。 レックスは自分の眼鏡を押し上げながら、「……あの数式に X は含まれていませんが」と真顔で首を傾げている。
仕切り直して、リアムはすっと表情を引き締めた。
「そうじゃなくて、待ち一辺倒のところです。俺達が、勝手に World's End Line を超えて彼らの縄張りに侵入したんです」
その言葉をきっかけに、場の空気がふっと引き締まった。少し離れた場所で腕を組んでいたエドワードが、静かに話し始める。
「そうなんだよ。古より超えたら帰れないとされてきた理由は恐竜だったと解ったが、彼らがこちらに超えて来た話は聞いた事もない」
エドワードの言葉に、カサヴェテスは顎に手を当てながら、隣に立つバトラーへと視線を向けた。
「バトラー……。うちのパイロットが、こう言って居るが、君達は、どう考える?」
バトラーは豪快に笑い声を上げた。
「あははは! それで良いだろう。共存は難しいから、この地域は護衛を続けよう。大丈夫だ。上層部や軍には、作戦が難航して戦いが長引いてると報告する。お互い、うまくやろうじゃないか」
敵味方の垣根を越えたその男らしい決断に、周囲から小さく納得の息が漏れる。
ーーーその時。
外から、重マシンガンの耳を劈く爆音が鳴り響いた。 「ドガガガガガガガガガガガーッ!!」
「デビルだーー!!」
誰かの怒号とともに、地響きがテントを揺らす。即座に反応した陣地から、鈍い発射音が響いた。
……ボッ。
ドゴーーーーーーン!!
カノン砲が放たれた。巨大な炸裂音が闇を切り裂き、デビルと呼ばれた怪物に直撃する。その圧倒的な衝撃に怪物の身体が大きくめり込み、続いて凄まじい爆発が巻き起こった。
「ズゥーーーーーーン……」
巨体が倒れる音とともに、周囲に大量の砂煙が舞う。 会議室での議論など、彼らの世界では一切関係なかった。恐竜たちは決して待ってはくれない。部隊は即座に臨戦態勢を整え、任務を遂行する。
騒然とした空気がテント内を包み、緊張が走る。しかし、直後の静寂の中で皆が確信していた。 ――自分たちは、こいつらに対抗できる。 その事実は、油断とまでは言わないまでも、兵士たちに僅かな安堵をもたらした。
再び会議室に落ち着きが戻ると、ヴィンスがふと記憶を巡らせる。 彼は、隣にいたリアムとエドワード博士へと視線を向けた。
「そういえば……リアム、エドワード博士。お前たちが開発していた『アイアンクラウンNo.4』だが、あれはどうなった?」
その問いかけに、リアムはバツが悪そうに肩をすくめた。 「それが、その……」
照れくさそうに、言い出しづらそうに口を開く。 「実は……」
リアムは言葉を濁しながら、近くの棚へ歩み寄ると、そこに隠されていた大きな紙を取り出してきた。
幅18m、長さ15m、高さ4m。 座席数は8。 それは、これまでに作られた『No.1』から『No.3』とは比べ物にならない、圧倒的なスケールの飛行機の図面だった。
広げられた紙を見た瞬間、レックス・ヴィクターの眉間がピクっと反応する。彼はメガネを押し上げると、またしても難解な力学や構造力学の話を早口でまくし立て始めた。
「――このスパンに対する翼面荷重と揚力配分ですが、主翼の迎角を……」
リアムは引きつった笑いを浮かべ、両手をパタパタと振った。 「え? あ、あの……わからん、わからん!」
レックスの言葉を遮るように、リアムは必死に弁解を続ける。
「軍用機なので、一応最低限の武器の装備はしてありますけど……基本は8人乗りです! あ、正確に言うと、僕――このパイロット席以外に、後ろに8人乗れます!」
リアムは誇らしげに、図面の後部を指し示した。
「特にこだわりポイントはここです。最後部座席は、中央の仕切りをあえて無くしたので、大柄な体格の……例えば、ヒゲの生えたデカい奴でも余裕で座れます!」
その独特すぎる解説に、ここまで大物だらけの空気の中でずっと借りてきた「熊」のように大人しく縮こまっていたガントが、耐えきれずについに口を開いた。
「おまっ、おい! 誰がヒゲデブだ!! うるせー!」
その絶妙なツッコミに、テント内にいた周囲の面々がどっと笑い声を上げた。 緊迫した作戦会議室が一気に和やかな空気に包まれる中、なぜかレックス・ヴィクターだけは、図面の右下隅をじっと見つめながら、ぐっと顔を傾けて笑いを必死に噛み殺していた。
呆気にとられていたカサヴェテスが、ふと現実に戻るように尋ねる。
「おい、リアム……。そんなデカいものを、いったいどこで作ってるんだ?」
リアムは悪びれず、カラリと答えた。
「本部の裏の資材置き場です! あそこならスペースも広いし、天井も高いし、雨をしのげる屋根もあるので!」
それを聞いたバトラーは、感心したように大きくうなずいた。
「ほう……素晴らしいな。で、肝心の制作はどこまで進んだんだ?」
リアムはニカッと、少年のような快活な笑みを浮かべた。
「今すぐ、見ますか?」
その言葉が終わるか終わらないか。
「み、み、み、見たい!!! 絶対に見たい!!!」
それまでクールな参謀を気取っていたレックスが、血走った目をギラギラとさせながら叫んだ。 そのガッツキすぎた反応に、再びテント中から大きな笑い声が起こり、男たちはその巨大な機体が眠る資材置き場へと一斉に歩き出した。




