外伝 荒野の若獣
時は今からおよそ30年前――1880年頃。
幕末の動乱が遠ざかり、近代化の波が押し寄せる日本の高知。緑豊かな山々と土佐湾を望む乾いた荒野で、激しい銃撃戦の音がピタリと止み、周囲には不気味な静寂が訪れた。
砂煙の舞う中――。 愛用の銃の弾倉が空っぽになったことに気づき、当時21歳の帝国陸軍の若い兵士・アーサー・カサヴェテスが歯を噛み締めたその瞬間、目の前の砂塵を割って一人の敵兵が姿を現した。
薩長を中心とする政府軍に抗う諸隊の軍服を纏った、同じく21歳のブロンド髪の男――バトラー・クロフォード。もちろん、この時点ではお互いの名前など知る由もない。男もまた、手にしていた銃をすでに手放している。
武器は何も無い。 交わす言葉もなく、二人は本能のままに跳び出し、高知の荒野の真ん中で激しく殴り合った。
泥臭い取っ組み合いの末、顔面を腫らして息を切らし、土の上へと倒れ込んだ二人だったが――やがて、その馬鹿馬鹿しさにどちらからともなく笑い声を漏らす。
「おい、お前ボロボロだな!!」 「お前こそ、顔面が砂だらけで見る影もないぞ」
息を整えながら起き上がったカサヴェテスは、ポケットからゴソゴソと硬いビーフジャーキーを取り出し、無造作に半分に折って目の前の敵兵へと放り投げた。
「おっと、受け取れ。飢え死にする前に、せめてこれを分け合おうぜ」
はじめは怪訝な顔をしながらも、男はその肉の塊を受け取り、痛む顎を動かしながら仲良くそれを噛み締めた。
「……美味くはねぇな」 「当たり前だ、俺の母親が持たせてくれた非常食用だからな」
男はふっと笑い、それからまっすぐにカサヴェテスを見据えて名乗った。
「バトラー・クロフォードだ」 「アーサー・カサヴェテスだ。」
互いの名を知った二人は、そこから夜にかけて、山の岩陰に腰を下ろしたまま一晩中語り合った。 故郷のこと、果てしない戦争の愚かさ、そしていつか平和になったらどんな暮らしがしたいか――。
「そういえば、お前はいくつだ?」 話の途中でバトラーがふと問いかけると、カサヴェテスは顎をさすりながら答えた。 「今年で21になる」 「そうか……俺も今年で21だ」 「なんと、同い年というわけか」
土佐の冷たい夜風が吹き抜ける中、同じ年の背中を持つと知った二人は深く頷き合い、敵味方の垣根を越えてさらに言葉を交わし続けた。その胸のうちにある殺意は、いつしか確かな絆へと変わっていた。
やがて太平洋から昇る朝日が東の空をうっすらと白らませる頃、二人は静かに立ち上がる。
「じゃあな、バトラー」 「ああ、生きていたら、またやろうな、アーサー」
「死ぬなよ」 「お前もな」
こうして、2人は胸を合わせ、お互いの背中を叩き振り向く事も無く自軍を探しに歩いて行った。




