第5章 その5 空飛ぶヤツ 突進するヤツ
地上で特殊部隊が臨戦態勢に入る少し前――。 まだ午前中の明るい日差しが照りつける空で、ガントNo.3がプロペラ音を響かせながら南側の空域を飛行していた。
雲の切れ目を抜け、ふと視線を横に向けたパイロットは、息を呑んで操縦桿を取り落としそうになった。 自分自身の飛行高度と、ほとんど変わらない高さ。 そこに、信じられないほど巨大な影の群れが滑空していた。
「な、な、なななななんだあれ!? 聞いてねーぞ! 飛ぶヤツも居るのかよッ!」
陸上に恐竜がいることはすでに実際に見聞きして知っていたが、まさか空まで支配されているとは思いもしなかった。冷汗を流しながらも、ガントは必死に機体を傾け、群れの右側を大きく旋回してやり過ごす。
激しく鳴り響く心臓の鼓動を抑え、パイロットは恐る恐るその生物を凝視した。 ――翼の幅こそ異様に見張るほどデカイが、胴体自体は拍子抜けするほどほっそりとしている。 (※プテラノドンは、あまり知られていないが飛行に特化し極限まで軽量化されているため、その巨体に見合わず体重は15kgほどしかない)
やがてガントが周囲をひと回りして戻ってみると、プテラノドンの群れは風に乗るように、慌てた様子でさらに南の空へと去っていった。
「んーーー。……まあ、あの身体の軽さなら、さほど脅威にもならないか。とりあえず放っておいて他の捜索を続けるとするか」
パイロットは胸を撫で下ろし、そのまま警戒区域の空域へと機体を進めた。
一方、前線基地の監視塔の上では、まだ午前中だというのにどこか肌を刺すような冷たい風が吹き抜けていた。
「……嫌な涼しさだな。ヤツらが活発になる」
パイプをくゆらせながら、カサヴェテス大佐が青空を睨むように呟く。 隣に立つヴィンス・ヴァンダイン少佐は、冷徹な眼光のまま周囲のジャングルを見据えた。
「ですね。厳戒態勢を継続します」
その緊張を切り裂くように、基地の男の叫び声が響き渡った。無線などない、生身の喉から絞り出された必死の肉声だった。
「来たぞ――!! デビルだーーーッ!!」
ティラノサウルス――ここの者たちが「デビル」と恐れるその捕食者は、南半球の生態系において絶対的な頂点に君臨ゆえの宿命か、余分な警戒心を持たない。そのため、人間の作る開拓地や前線へ何の躊躇もなく、一直線に姿を現すのだった。
「全砲塔、構え――!」
監視塔の上からヴィンスが絶叫する。
「5台の銃座すべてで、奴の『顔』を狙え!!」
次の瞬間、午前中の前線基地の静寂がすさまじい爆音に塗りつぶされた。
ドガガガガガガガガガ――!! ドガガガガガガガガガガガガガガガガガ……!!!
重機関銃の火線が空間を切り裂く。だが、デビルは身を低くかがめたり、巨体に似合わず俊敏に身を翻しながら突進してくるため、急所である顔面へは容易にピンポイントで命中しない。
銃弾が地面を抉り、重低音の地響きが絶え間なく続く。
ドドドドドドドドドド……!
銃撃の反響音と巨体の足音が混ざり合い、大地は二つの不気味なリズムで揺れ続ける。
激しい振動で揺れ動く監視塔から、ヴィンスとカサヴェテスが危険を顧みず階段を駆け降りる。しかし、デビルの突進は止まらない。 目前――わずか5メートルの距離にまで、その巨大な悪魔が迫ってきた。
「ーーーーっぐ。ここまでか」
隊員達は死を覚悟した。
ドゴーーーーーーーーーーン!! ドシャーーーッ――!
耳をつんざくような凄まじい打撃音と、巨体が地面を激しく抉りながら滑るすさまじい音が響き渡り、視界を埋め尽くしていたデビルの巨体が、勢いよく吹き飛ばされた。
巻き上がる砂煙の向こうから、別の巨大な影が姿を現す。
「え……? あ……うおぉー……!!あれは!」
現れたのは、巨大な三本の角を持つ巨獣――**「ビゲストホーン(トリケラトプス)」**だった。
基本的にはデビルの捕食対象でしかない草食恐竜が、しかし、正面から対抗しうる圧倒的なパワーをもって、ティラノサウルスの側方から猛然と体当たりをかましたのだ。
ヴィンスは銃口を下げ、信じられない光景を見つめながら呟いた。
「どういうことだ……? 俺たちを助けてくれたのか?」
だが、そんなドラマチックな理由など微塵もなかった。 ただ単に、縄張りに踏み込んできた天敵のティラノサウルスが騒ぎ立てていたため、群れの、あるいは自身の身を守るために、反射的に怒りの矛先を向けたに過ぎない。
それでも結果は明白だった。
先ほどの機関銃掃射で片目を潰され、さらにビゲストホーンの頑丈な角で脇腹に強烈な一撃を穿たれたデビルは、強靭な外皮を貫かれて大量の出血をしながら、そのまま地面に倒れ伏して動かなくなった。
ビゲストホーンは、敵が動かなくなったのを確認すると、人間たちを一瞥すらすることなく、再び静かに森の奥へと去っていった。
「……助かった、のか?」
全員が息を飲み、土煙の舞う戦場に立ち尽くす。 しかし、あの怪物級の生命力を知る者として、油断はできなかった。ヴィンスの合図で、兵士たちが慎重に近づく。
「念のためだ。ダイナマイトでトドメを刺せ」
放り投げられたダイナマイトの束が、巨体の脇で炸裂する。
ドガーーーーーーン!!
煙が晴れ、デビルと呼ばれた恐怖の象徴は、完全に沈黙した。
――やがて午後になり。 レオン率いるチームは、すべての封鎖作業を終えた。
ピタリと風が止まる。人の手によって抜け道を無くされた空間から風が消え、作業のために大量に使用され散乱した生木が集められたことで、立ち込めていた霧も次第に晴れていった。
マシンガンは防壁の上に上げられて南側を警戒したものの、もはや恐竜たちを誘う風は止んでいた。それ以降、前線へ寄ってくる恐竜の姿は二度と見られなかった。




