第5章 その2 心奪う爆音 少年の記憶
アイアンクラウンNo.2が朝の青空へと舞い上がり、鮮やかな軌跡を描きながら雲の彼方へと消えていく。
地上で見守っていた者たちは、その圧倒的なスケールと轟音にしばらく言葉を失っていた。
「……やっぱり、すげーや……」
ルーシーはチョコレートを口に含んだまま、ぽかんと空を見上げて呟く。恐竜の脅威や厳戒態勢の任務中であることさえ忘れ、誰もがそのロマンに心を奪われていた。
ガントが腕を組みながら、フッと鼻を鳴らす。
「あいつの乗ってるNo.2も、No.3もな、ただの機関銃だけじゃねぇ。とっておきの特注品を積んだからな」
それを聞いたカサヴェテスは、腕を組んで納得したように頷く。
「ああ、あの『試作型小型対地ロケット弾』か。恐竜の硬い装甲を吹き飛ばす時にしか使えないからな。事前の演習でも散々威力は確認済みだが……実戦での効果のほどはどう出るか」
1910年の現時点において、誘導装置なんて代物は軍の秘密研究室でも夢のまた夢だ。だからこそ、狙った場所に真っ直ぐ飛ぶように安定翼を付けただけの、いわゆる「無誘導の小型ロケット弾」だが、その威力は抜群だった。ただし、装弾数は機体ごとに左右合わせてたったの4発。数に限りがあるからこそ、ここぞという時の大型の獲物にしか使えない切り札である。
轟音を残して飛び去る機体を見つめながら、操縦桿を握るリアムは、すっと遠い日の記憶へと意識をトリップさせていた。
それは、まだ彼が少年だった頃の鮮烈な思い出――。
あれは、自転車を買いに行ったときのことだった。
町の裏通りにある小さな自転車屋の裏庭で、リアムは信じられないものに遭遇した。
「なんだ、これ……ッ!!」
工学者である父親や祖父の背中を見て育ち、機械の構造には人一倍詳しかった少年の目は、目の前にある奇妙な骨組みとエンジンを見た瞬間、釘付けになった。それは二枚の大きな翼を持つ、これまで見たこともないような奇抜な機械だった。
作業の手を止めて汗を拭っていた自転車屋の兄弟が、泥だらけの顔でニカッと笑ってみせる。
「おっ、興味あるか、チビの天才技師さん? ……俺たちはなぁ、これで空を飛んでやろうと思ってるんだ。世界初の本物の、エンジン付きの飛行機だぞ」
「すっげー……っ!」
その日から、リアムは学校が終わると毎日のようにその自転車屋の裏庭に通い詰めた。
はじめは遠巻きに見ているだけだったが、機械いじりの知識がある小柄な少年と気さくな兄弟はすぐに意気投合した。仲良くなると、彼らは恥ずかしがるどころか、誇らしげに手描きの設計図やエンジンの構造まで見せてくれた。
「お前の家の血筋ならわかるだろ? このプロペラのピッチがよ……」
「うわーーイーグルみたいだ。プロペラで勢いつけて、惰性で風に乗るんだね」
兄弟は目を見合わせて、「すげーなこの子」とからからと笑う。そんな少年の熱意に、工学者の父親や祖父も「血は争えないな」と苦笑いしながら、危険がない限りは黙認して見守ってくれた。
それから数年の月日が流れ、リアムも少し背が伸びた頃。
ついにその機械が本格的な形となり、兄弟から「いよいよ、人里離れた遠くの土地へ遠征して本格的な飛行実験を行う」と知らされた。
興奮冷めやらぬ足取りで家に帰ったリアムは、夕食の席で父親にまくし立てるように報告した。
「お父さん! あの人たち、いよいよ本当に空を飛ぶための遠征に行くんだ! すっげえ遠くの場所で……!」
息子のただならぬ様子を見て、父親はフォークを置き、穏やかな笑みを浮かべて言った。
「リアム、お前、行きたいのか?」
「行きたい!!」
迷いのない少年の返答に、父親は深く頷き、財布から紙幣を取り出してテーブルに置いた。
「学校なんて行ってるより、絶対にお前の今後の人生の経験になる。学校は休んで良い。金がかかるなら、俺が出してやる。行ってこい、歴史の瞬間を目に焼き付けてこい」
その言葉に背中を押され、翌日、自転車屋の兄弟に「連れてってよ!!」と必死に頼み込むと、彼らは「よし、特等席をやるよ!」と快く迎え入れてくれた。
こうして、少年リアムの胸を高鳴らせる長旅が始まったのだ。
そして――。
1903年12月17日。
凍てつくような寒風の中。リアムは歴史の証人となっていた。
目の前でエンジンが咆哮を上げ、歴史を塗り替えるその機体が、短い滑走ののちにふわりと大地を蹴る。
人類が初めて空を飛んだその瞬間、リアムは少年時代の全霊を込めて歓声をあげていた。
――あの日の空の青さと、エンジンの熱さが、今の俺の原点だ。
爆音を響かせながら安定した飛行を続けるコックピットの中で、リアムはヘルメットのバイザー越しに前方を睨み据える。
頭の片隅で、ふと、遥か昔の潮騒と――恐竜にすべてを奪われた絶望の記憶が、幻のように一瞬だけかすめた。
だが、その哀切な追憶を一瞬で振り切るように、リアムはより一層鋭い眼光を光らせ、ぐっと前を向いて遠くを見据えた。




