第4章その5 焼ける肉 悠然唖然
デカい恐竜と昨日のリトルボーイが転がっている現場に到着すると,兵士たちはすぐに行動を開始した。
「おい、そこをしっかり支えろ!」
指示が飛ぶ中,作業員たちは7フィート(約213センチ)ほどもある頑丈な鉄板を持ち寄り,地面の適切な場所に両端と中央へ適度な高さの鋼材をしっかりと積み上げると,その上に鉄板を乗せて特設バーベキュー台の設置をした。
蒸気機関を日常的に扱っているこの前線基地では,燃料となる薪が潤沢に用意されている。男たちはその特設バーベキュー台の下や周辺に薪を丁寧に積み上げると,上からたっぷりと炭を敷き詰め,じっくりと火を通すための完璧な弱火へと念入りに調整していった。
そして,その特設バーベキュー台の上へと,昨日討伐したリトルボーイの亡き骸をずしりと慎重に乗せる。
こうして,リトルボーイの亡き骸を活用した野趣あふれる弱火バーベキューの準備は,手際よく無事に完了したのだった。
その後,一同はいったん宿舎へと戻り,明日の本格的な作戦会議を始めた。
中央に陣取ったカサヴェテス大佐が,鋭い視線を巡らせながら会議を進行していく。
「明日の布陣だが――。アイアンクラウンNo.2に乗るリアムは北へ向かえ。No.3に乗るガントは南だ」
その指示に,リアムは思わず首を傾げた。
「北? 南じゃないんですか?」
リアムは理解出来なかった。すかさずルーシーが口を挟む。
「ちょっと,何言ってるのよ。ここを無視して北へ向かっている恐竜がまだいるかもしれないでしょ? 『CITY』に到着する前に,そいつらを途中で叩き潰さないと意味ないじゃない」
「そうだ。ルーシーの言う通りだ,リアム頼むぞ」
カサヴェテスにそう真っ直ぐ見据えられ,リアムは納得したように力強く頷いた。
続いて,ヴィンスが南を担当するガントへと視線を向けた。
「ガント。この事業に長年携わってきたお前なら知っているはずだ。このあたりで,岩壁に囲まれたような狭い所はなかったか?」
「あー,あるよ。ここから鉄路沿いに2万フィートくらい行った所だ。おかげであそこだけ不自然に道幅が狭くなってる」
ガントの答えを聞き,ヴィンスの目が鋭く光る。
「そこだな。そこを完全に封鎖する。これ以上,次々と現れる恐竜の侵入を許していたらキリがねぇ。……で,現地の重機はどうなっている?」
「急に大佐から戻って来いって言われたもんだから,あちこちに色んな重機がそのまま放置してあるよ」
カサヴェテスが腕を組みながら苦言を呈す。
「ふむ……。作業員たちだけで行かせるわけにはいかないな。しっかりとした護衛の部隊を付けよう」
「ですね」
ヴィンスはうなずくと,周囲を見回して声を張り上げた。
「レオン!! ちょっと来い」
その呼び声に呼応し,ひとりの小柄な男が素早く駆け寄ってきた。
レオン・フォックス,28歳。
ヴィンスの右腕であり,彼が「こいつは別格だ」と心底から認めている男である。
「お前のチーム4人で,あの封鎖作業の護衛に当たれ」
「わかりました。ヴァンダイン少佐」
レオンの落ち着き払った返事を聞き,ガントは怪訝そうな顔で割って入った。
「ちょっと待て!! うちの大事な作業員たちを,こんな小柄な奴に守れるかっての……!」
納得いかないガントは,からかうつもりでレオンの胸元を押した――が,ビクともしない。
むしろ,押したガントの方の体が反動で一歩後ろへと下がった。
ヴィンスはニヤリと笑い,ガントに向かってウインクを飛ばす。
「な? すげぇだろ」
「あ,あぁ……。よろしく頼むわ,レオン」
ガントは先ほどの無礼を引っ込め,どこか引き締まった顔で頭を下げた。レオンは静かに一礼する。
「承知しました。全力でお守りします」
そんなやり取りを横目に,なぜかレオンと普段からやたらと仲が良いルーシーが,一人で勝手に頭を抱えてオーバーリアクションに悩み始めた。
「うわぁ,レオンそっちに行っちゃうンじゃ,私どうしよう? 南に行けばあのでけぇ重機がバリバリ動くところとか見られるしな〜!……いや,でもアイアンクラウンが飛び立つ所も見たいよな〜!」
――いや,お前給仕班だろ!!
周囲の全員が心の中でそう激しくツッコミを入れたものの,あまりのマイペースさに誰も声に出して突っ込むことはできなかった。
そのやり取りを眺めながら,カサヴェテスが静かに口を開いた。
「……彼だな? お前のあのめちゃくちゃな地獄の演習をクリアしたのは」
「そうです」
ヴィンスは誇らしげにニカッと笑ってみせた。
(――お前が言うな)
それを聞いたガントとヴィンスは,カサヴェテス自身も過去に引くほどめちゃくちゃな男だったことを思い出しながら,内心で苦笑いを噛み殺すのだった。
それはかつて,ヴィンスが自らの基準だけで行った過酷すぎるフィジカル訓練でのことだった。入隊したての18歳,しかも周囲のほとんどが場数を踏んだ中堅という状況の中で挑んだ30人の中から,最終的に残ったのはルーシーとレオンの2人だけ。その激闘の末,ルーシーでさえ途中で脱落し,唯一の合格者として残ったのがこのレオンだった。
鍛え上げられたアーミーを素質だけで凌駕する圧倒的なフィジカル。
俺以外で初めて見た。
若き日の自分のエピソードとそっくりなレオンに誰よりも厳しく接し,可愛がり,10年間鍛えあげた。不安などあるはずもないのだ。
陽も低くなり,空が赤く染まる頃――。
ズゥーーーーーーーーン……!
突如として,重苦しい地響きが辺りに鳴り響いた。
「なんだ!? いったい何だ……!」
全員が慌てふためき,ざわめき立つ。その地響きは,次第にすさまじい早さと大きな揺れを伴いながら,ものすごい勢いでこちらに近づいてくる。
外にいた隊員が,顔面を蒼白にさせながら大声で報告した。
「恐竜が来ました! ……非常に大型です!」
これまでに出現した3頭とは完全に異なる,圧倒的な異型の巨獣だった。
まるでサイのようだが,サイという枠に収まらないどころではない,比べ物にならないほどデカすぎる。彼らはその名を知る由もなかったが,それは紛れもないトリケラトプスだった。
「攻撃しますか!?」
緊迫した空気が走る中,ヴィンスが冷静に声を張り上げる。
「いや,待て。……まだだ,ここからでは遠い」
巨獣は次第にこちらへと近づいてきたが,よく見ると進路はまっすぐ基地に向かっているわけではない。
「……あれ? 行っちゃったよ」
トリケラトプスは草食動物ゆえに,人間たちにも,ちょっと離れた所にある特設バーベキューの匂いにも全く興味を示さない。北に向かうわけでもなく,ただ悠然と森のなへと姿を消していった。
「……何だったんだ,あいつは?」
呆気に取られる一同の中へ,いつの間にか顔を出していたエドワードがぽつりと呟いた。
「おい,あいつのクチバシみたいな口見たか? ……あれ,多分草食だよ」
戦慄の戦闘が続く前線のただ中で,肉食の恐竜とは全く違う,巨大で穏やかな生き物の存在。
一同は,世界の広さと「あんなやつもいるんだ」という新たな事実を,強烈に突きつけられるのだった。




