破られたリミット 開戦の牙
トラックの強力なヘッドライトが照らし出すのは、20キロのダイナマイトをその口内で受け止めながらも、なおも凄まじい質量を誇る大型恐竜の無残な死骸だった。
「嘘だろ……」
リアムたちが、その圧倒的な光景の前に言葉を失って立ち尽くしていたとき――。
「……っ」
ガントが音もなくトラックの運転席から降り立ち、その生々しい巨体に近づいていく。「おい、ガント、どこへ行く!」と引き止める間もなく、ガントの巨体がヘッドライトの白い光に浮かび上がった。
その瞬間だった。
**シャアァァァッ……!**
闇に包まれたジャングルの草木を押し広げ、鋭い何かが地面を激しく蹴り裂く異様な走行音が、一瞬にして周囲の空気を引き裂いた。
暗闇から飛び出してきたのは、先ほどの「化け物」とは違う、ガントとほぼ同じ体格――大柄な人間の男と見紛うほどの、コンパクトながらも筋肉質の体躯を持つ恐竜だった。
爆薬の匂い、そして死骸から漂い始めた濃い血の匂いに誘われて、真っ暗なジャングルから引き寄せられてきたのだ。しかし、そこにいたのは血の匂いの発信源と、怯える人間たちの群れ。恐竜の濁った目は、目の前に立つ一番大きく頑丈な影――ガントをこの群れの「ボス」と即座に認識した。
タタタタタタタッ――と凄まじい助走をつけて加速し、
**ガッ!!**
すさまじい勢いのまま、恐竜の巨体がガントにまともに体当たりを食らわせた。ガントの巨体が激しく地面を転がっていく。
「ガントッ!」
リアムが叫ぶ間もなく、恐竜はすかさず追撃へと移行した。地面を力任せに蹴り上げて強烈な跳躍を見せ、鋭い爪と牙を剥き出しにして、地に伏したガントへと致命的な一撃を叩き込もうと飛びかかる。
しかし、現役のベテランであるカサヴェテス大佐の背中を見て育ち、自身も若い頃に5年程の兵役を経験していたガントは、絶望的な状況でも体が勝手に動いた。吹き飛ばされながらも手元を引き寄せると、周囲に転がっていた爆破されたトラックの歪んだフレームを力任せに突いて、反対側を地面に利かせながら恐竜の突進を食い止めた。
**ガキィィンッ!!**
奇跡的に急所を外れたその一撃が、恐竜の突進の勢いをわずかに相殺する。ガントは這いつくばりながらも、そのフレームを巧みに支えにして致命傷を防いだ。
「――Hey! Boy!」
闇を切り裂くようなカサヴェテスの怒号が響いた。
ガントを襲う恐竜が、血走り剥き出しになっていた首だけをゆっくりと振り返る。その表情は、人間を嘲笑するかのように、どこかニヤついているようにすら見えた。
カサヴェテス大佐の顔に冷や汗が伝う。恐竜は、目の前の獲物がただの肉ではなく、自分たちを脅かす「敵」であると確実に理解していた。
「リアム! 俺の右肘を支えろ!!」
カサヴェテスが荒々しく叫ぶ。当時、兵士たちが持ち運ぶ小型の機関銃であっても、弾薬を含めれば10kgを超える重量を誇る。反動を殺すための固定台がなければまともに狙いを定めることすら不可能な代物だった。
「Yes, sir!!」
リアムは一瞬の躊躇もなく跳び出し、カサヴェテスの右腕を背後からガッチリと抱え込み、自身の体を頑丈な固定台の代わりに差し出した。
恐竜はガントを無視し、獲物をカサヴェテスへと切り替えて一気に跳躍する。
「うおおおおおっ!!」
**ガガガガガガガガガガガガガガ!!**
凄まじい銃声と火花が夜の闇を焼き尽くす。
小型機関銃の怒涛の連射が、突進してくる恐竜の硬質な皮膚を容赦なくえぐり取っていく。鉛の弾丸が肉を穿ち、血飛沫が舞う。
しかし、その恐竜の狂気的な前進は止まらない。銃弾を全身に浴び、血まみれになりながらも、恐竜はなおも猛進し、カサヴェテスの足元に触れる程近くまで肉薄した。
――だが、致命的な一線は越えさせない。
すさまじい反動の果て、弾倉が空になる直前、機関銃の集中砲火がついにその運動エネルギーを完全に砕き伏せた。恐竜はカサヴェテスの目前でガクリと崩れ落ち、盛大に砂煙を上げてピクリとも動かなくなった。
静寂が、再びあたりを支配する。
遠くで虫の音がかすかに戻ってくる中、荒い息を吐き出すカサヴェテスの脇で、リアムは全身に残る衝撃の痺れを堪えながら銃口から立ち上る白煙を見つめた。
「……ガント、大丈夫か!?」
リアムが叫ぶと、地面に倒れ込んでいたガントが、血と泥にまみれながらもゆっくりと起き上がった。肩や腕に深い擦り傷を作りながらも、彼はにかっと笑ってみせる。
「……アーサー、あんたの壮絶なイジメが初めて役に立ったぜ」
ガントが立ち上がり、血に染まった土を吐き捨てて笑う。
「おい大佐、さっきアイツに向かって『Boy』って言ったよな? なんでオスだってわかったんだよ」
ガントが呆れたようにそう突っ込むと、カサヴェテスはフンと鼻を鳴らした。
「知るか!」
そのやり取りに誰もが安堵の息を漏らすことはできなかった。ヘッドライトの光の先、そこには20キロのダイナマイトを食らってもなお形を留めた化け物と、今しがた撃退した、人間を冷徹に識別し襲いかかってきた同体格の恐竜の死骸が転がっている。
戦いは、準備の時間を待つことなく突然に口を開けた。
彼らがこれから対峙する世界の圧倒的な暴力と、その敵が「音や存在を明確に認識して知的に狙ってくる」という恐ろしい事実だけが、冷たい現実として全員の胸に深く刻み込まれた。




