第3章その5 成功と予期せぬ対峙
滑走路の延長工事に参加する為、3日を費やした。開拓地での肉体労働は想像以上に過酷だったが、リアムも手を抜かなかった。そうして汗を流す間に、ミッション開始から水面下で進められていた一大事業――基地と外部を結ぶ「電話線の架設工事」がついに完了した。
その報せを聞いたカサヴェテス大佐は、すぐさま司令室の電話機へと向かい、中央委員会への直接連絡を取るのだった。通信回線が繋がったことで、この辺境の地と中心部が一本の線で結ばれたのだ。大佐はその開通のついでに、未知の脅威に対する保険として、現地へ向かう物資の輸送トラックにマキシム機関銃などの重機関銃も積み込むよう、追加の要請をねじ込んでいた。もっとも、こんな怪物を銃弾で倒せるなどとは端から思っておらず、あくまで足止めや威嚇用の選択肢としての措置だった。
出発の準備も着々と進められていた。
飛行機は、1回のフライトで約1時間、100Lものガソリンを消費する。そのため、トラックに積める限りのドラム缶へと燃料が詰められる。
さらに、未開のジャングルには「恐竜」という脅威が潜んでいる。万が一の備えとして、トラックの荷台やキャビンに分厚い鉄板を溶接し、即席で武装させた装甲車が護衛として随行することになった。
そして最も慎重を期すのが、爆薬の積載だ。
20kgのダイナマイト――暴発のリスクを極限まで避けるため、頑丈な木箱の中で隙間なく行儀よく並べられた円柱状のカートリッジが約100本。一発の衝撃すら許さないそれが、専用の幌付きトラックに「それだけ」がぽつんと積まれる。少しの揺れすら許されない、緊張の走る積荷だった。
他にも、総勢の作業員の胃袋を満たす大量の食料のほか、なぜかカサヴェテスの個人的な好みである極上のチョコレートの木箱もこっそり積み込まれている。
出発前の慌ただしい空気の中、ガントのテスト飛行の準備が進められていた。
2時間ほど前から、蒸気機関のカタパルトのボイラーに点火され、シューーーッという高圧の蒸気が漏れる音が周囲に満ちている。それに重なるように、ガントの駆る機体のエンジンが低く野太い唸りを上げていた。
「おい、もっと蒸気圧を上げろ! カタパルトの準備はいいな!」
整備士たちが飛び交う中、コックピットに収まったガントが計器盤を確認しながら気合を入れる。
「行くぞ、ガント!」
リアムはカタパルトの横、機体が飛び出すすぐ間近に立ち、拳を握りしめて叫んだ。
エンジン音と高圧の蒸気噴出音が最高潮に達し、周囲の空気がビリビリと震える。すべてが爆発寸前のような極限の緊張感に包まれた。
「――今だ!! 切り離せッ!」
ガントがコックピットから手動のロックレバーを渾身の力で引き抜いた瞬間、爆発的な蒸気圧がカタパルトのソリを蹴り出し、機体をすさまじい加速のまま宙へと弾き飛ばした。
"Come on, baby!" 飛べぇっ、ガント――ッ!
リアムは両手を突き上げ、その場で跳ねる。
"Hell yeah!" やったぞ……!
重力を振り切り、大空へと躍り出たその姿は、さながら――。
「すげぇ……まるで空飛ぶグリズリーだぜ!」
誰かの叫び声に、周囲からドッと歓声が沸き起こった。巨体が空を舞う姿に、全員の胸が高鳴る。
――残されたタイムリミットは、あと10日。
いよいよすべての準備が整い、現地へ向かう物資の輸送トラックも無事に到着した。
雨避けも兼ねて、20キロのダイナマイトを積んだままのその専用トラックは、宿舎から1500フィート(約450メートル)ほど離れた場所にそのまま置いてあった。
長かったその日の作業が終わり、夜のとばりが降りる中、一同は明日からの本格的な進軍に備えて床についた。
……が。
真夜中――。
宿舎の静寂を切り裂くように、地響きを伴った凄まじい轟音が響き渡った。
「ドガァァァン!!」
鼓膜を突き破るような爆発音と、夜空を赤く焦がす凄まじい閃光。あまりの衝撃に宿舎の窓ガラスがガタガタと激しく揺れ、ベッドから飛び起きたリアムたちは慌てて外へと飛び出した。
「なんだ今の音は……!?」
「爆発だ! ダイナマイトを積んだトラックを置いていた方向だぞ!」
カサヴェテス大佐が険しい顔つきで叫ぶ。
「くそっ、乗れ!」
ガントが別のトラックの運転席へ跳び乗り、エンジンを叩き起こす。リアムやエドワードも慌てて荷台へと飛び乗った。
ガントの乱暴なハンドルさばきでトラックが発進し、暗闇のジャングルを進んでいく。
やがて、ガントがブレーキを踏み鳴らし、トラックを爆心地の正面でピタリと停める。
――ピカァッ!
トラックの強力なヘッドライトの光が、前方の闇をまっすぐ切り裂き、爆心地の惨状を白日の下に晒し出した。
そこにあったのは、見上げるほどの圧倒的な巨体だった。
ジャングルの奥から、まさにこちらへ向かって進んできていた恐竜が、夜の闇に紛れて拠点のすぐ近くまで迫り、雨避けのトラックに積まれていたむき出しのダイナマイトにかぶりつき、口内で暴発させたのだ。
一軒家を木端微塵に吹き飛ばすほどの爆薬がダイレクトに炸裂した結果、ダイナマイトを積んでいたトラックは跡形もなく消し飛び、元々そこに何があったかすら分からないほど木っ端微塵になっていた。だが、それを食らった恐竜のほうは、頑丈すぎる巨体を完全に粉砕されたわけではなかった。肉片や骨は四散しているものの、全体としての「塊」や「原型」を恐ろしいほど留めたまま、ぐったりと大地に転がっている。周囲の大地は爆風と巨体の重みで無残にえぐられていた。
「嘘だろ……」
誰かの掠れた声が夜気に溶けた。
一瞬の静寂の後、リアムたちの背筋を別次元の冷たい恐怖が這い上がった。
――助かった。あのダイナマイトが、まさにこちらへ向かってきていたバケモノを食い止めてくれた。被害はゼロだ。
だが、そんな安堵は一瞬で氷のように凍りついた。
カサヴェテスの顔に、いつもの冷静さは微塵もなかった。
ヘッドライトに照らされた生々しい死骸を前に、彼らの脳裏を支配したのは圧倒的な絶望だった。
一つは、人間の文明が誇る最強の破壊兵器――20キロのダイナマイトを至近距離、それも「口内」で爆発させられてなお、肉の塊として崩壊しきらない理不尽なまでの頑丈さ。あれほどの爆発を受けてなお原形を留める化け物を前に、自分たちのちっぽけな戦力で本当に削りきれるのかという、底知れぬ絶望感。
そして何より――。
「……もう、ここまで来てやがるのか」
ガントがハンドルを強く握りしめ、歯を食いしばりながら漏らした。
リミットまであと10日。まだ安全圏だと思っていたこの拠点の目と鼻の先まで、あのバケモノたちは着実に、牙を剥いてこちらに向かって進軍してきていたのだ。
猶予など最初からなかった。
彼らがこれから挑む世界の異常な恐ろしさと、すぐ背後にまで迫っていた死の気配を突きつけられた彼らは、すぐさまトラックの荷台に積まれていた物資の中からマキシム機関銃を引きずり出し、いつどこから来るかも知れない別の脅威に備えて、荒い息を整えながら周囲を固唾を呑んで警戒し始めた。




