プロローグ 浄化の炎
『浄化の炎』
物理的な温度を感じさせない、透明な赤。それは負の念を糧として燃え盛る癒しの炎だ。現実世界で彷徨う魂は、必ず未練という負の感情で留まっており、それが消えるとあの世へ消滅する。その性質上この炎は死者にしか通用せず、肉体というバリアに守られている生者に使うと、負の感情だけを燃やすので気分が良くなったり、疲れた肉体が元気になるなどの効果があり、負の感情がなくなれば静かに消えゆく優しい火。
そして、こんな廃墟にいる霊は当然、怨念と呼ばれる負の塊を秘めた魂なので、彼らにとってこの炎は最も残酷な灼熱だ。
「……ァァァァッ!」
老人の顔が苦痛に歪む。私の炎が放つ光に当てられ、黒い霧が悲鳴を上げて收縮していく。
「さぁ、復讐の時間は終わりだ。行くべき場所へ行くがいい」
私は右手を突き出し、燃え盛る炎を押し付ける。
炎は老人の胸に触れた瞬間、導かれるようにその身に吸い込まれていく。今までため込んでいた膨大な負の感情が、良質な薪となって炎の勢いを増していく。
「ア……アツ……イ……」
老人の体が内側から発光し始める。
悲鳴が次第にか細くなり、黒い霧が焼き尽くされていくと、老人の苦悶に満ちていた表情が、不思議なほど穏やかなものへと変わっていった。
やがて、炎がフッと消える。
そこに残ったのは、燃えカスでもなければ怪物の死骸でもない。ただ、静かに手を合わせて消えていく一人の老人の透明な姿だけだった。救われた霊は、何事かを呟いて光の粒子となり、夜空へと還っていく。
「……さて、と」
私は左手のブレスレットを見る。消えていた赤色が、再び淡く灯ったのを確認した。
これで一件落着だったらよかったが、目的である若者たちの行方はまだ分からない。
そして医者の老人に特殊な力を間接的に与えたであろう、パラサイトグリードもそのままにしておくわけにはいかない。
若者たちが無事であることを祈りつつ、私は再び闇に沈む病院の奥へと足を向けた。
三階の手術室跡地からさらに奥へ進むと、空気の質が変わった。
先ほどの老人の霊が漂っていた場所とは違い、もっと粘着質で、重苦しい気配が廊下の奥から押し寄せてくる。
「ここか」
蜘蛛の巣が大量にはった古い本棚。医療関係の本が数冊倒れている。
私はその本棚を横へスライドさせると、その後ろから地下へと続く階段が姿を現す。
まるでブラックホールみたいに、どこまで吞み込んでしまいそうな深淵をのぞき込み、私は一度足を止めた。手すりは赤錆びつき、コンクリートの床には黒い染みが点々と広がっている。それらはすべて、誰かの絶望の痕跡だ。
「生きていろよ」




