第二話 ダムに現れる首無し男の噂――悲劇
『少し待て。このダムの記憶を読み取る……ふむ。どうやらあれは、呪いの集合体だ。ダム建設の際に水没した村の……おそらくは、無数の死者の怨念が形を成したもの』
「水没した村……このダムは、集落移転を伴う大規模工事だったのか。そういえば……」
私は資料の記述を思い出していた。
静守ダムの建設時、確かにいくつかの集落が水没した。その中には、先祖代々の墓を移すことも許されず、水の底に沈んだものもあるという。
「にしても、あの怨念の規模はありえんだろう。あれは最早、厄災だぞ」
『どうして災厄級の怨念が育ったのか。それは……ダム工事の際に起きた、ある事件が核になっている』
ディストレイの声が、一段と重くなる。
「その事件とは?」
『それは今から五十年近く前のことだ。工事が佳境を迎えたある日、作業員の一人が、誤ってコンクリート打設中の型枠に転落して亡くなった。しかし、現場監督は工期の遅れを恐れ、彼の事は上に報告をせず、むしろ打設を続行させた』
「なっ⁉」
『男の亡骸はコンクリートに埋められて地中へ。作業員たちは皆、口を封じられた。事故そのものが無かったことにされたのだ。長い年月が経ち、この地に何度か発生した地震の影響で、彼の遺体の場所が隆起してしまう。その際で首と胴体が離れてしまった。それが、この首のない霊の正体だ』
私は息を呑んだ。
コンクリートに埋められた作業員。その怨念が、半世紀近くもこのダムに囚われ続けている。
「それだけじゃないんだな?」
『そうだ。さらに三十年後、ダムの補修工事で、当時の型枠が一部撤去された。作業員たちは、コンクリートの内部から白骨化した遺体を発見した。その遺体は首無しの彼とは関係なかった。だが――』
ディストレイの声が、怒りを帯びる。
『遺体の周囲には、無数の死霊が絡みついていた。水没した村の者たちだけではない。このダム建設で事故死した者、過酷な労働で命を落とした者、そして――工事を請け負った建設会社によって秘密裏に処理された者たち。ダムは、数十人もの無念をコンクリートごと飲み込んでいた』
「それで……あの霊は、自分の首を探しているのか。証拠として遺した、自分の首を」
『そうだ。彼の首は、補修工事の際に発見された遺体の一部として、ある場所に保管されている。だが、怨念の集合体は、その首を自らの核に取り込んでしまった。首がパラサイトグリードの糧となる怨念の集合体に囚われている限り、彼の霊は永遠に救われない』
ダム湖の水面が、大きく割れた。
ズズゥゥン……!
水底から浮上してきたのは、異形の巨体だった。無数の人面が張り付いたコンクリートの塊が、かろうじて人の形を成している。その中心、胸にあたる部分には、どす黒い穴が開き、中で一つの生首が浮かんでいた。五十代の男性のものだろうか。苦悶に歪んだ表情で、唇がかすかに動いている。




