第五話 森山花蓮の受難――『任された』
その時、美咲が私の背後から前に進み出た。
その姿は半透明で、消え入りそうなほど儚い。
しかしその声には、母としての強い意志が込められていた。
『もう、やめて、杏奈。私はここにいるから』
「お母……さん……?」
杏奈の動きが一瞬止まった。
虚ろだった瞳に、かすかな光が灯る。それは希望か、それとも混乱か。
『そうよ、杏奈。お母さんはここにいる。ずっと、あなたを探していたの』
美咲が一歩、杏奈に近づく。その手を伸ばし、今にも娘に触れようとする。
『嘘だ……お母さんは……あの日、来なかった……』
「違うの、杏奈。お母さんは行ったの。でも……」
『嘘つき! お母さんは私を置いて行った!』
杏奈の瞳から再び光が消える。
そして負の念が爆発的に膨れ上がった。
『杏奈、違うの! お母さんは……!』
美咲の叫びも虚しく、杏奈の体が内側から破裂するように膨張していく。赤いワンピースが破れ、その下から黒い靄が噴き出す。小さな手足は異様に長く伸び関節が逆方向に曲がった。顔は半分が裂け、内部から無数の目が覗いている。
『受肉』が始まったのだ。
「美咲さん、下がって!」
私は美咲を庇うように前に立ち、左手のブレスレットを掲げた。
「ディストレイ!」
『任された!』
地面に魔方陣が展開され、炎が立ち上り結界を構成。
杏奈の進行を遮るように、天空から雷が次々と落ちていく間に雷雲が二つ目の結界を創り、炎の中から巨神の姿がせり上がる。炎は一瞬で氷漬けとなり、そして砕け散る。
引き裂かれた親子の絆を再び繋ぐため、神の剣がこの地に顕現した。
『ア……アア……』
杏奈だったものは、もはや原型を留めていなかった。背中からは無数の触手が生え、それぞれの先端に口がついている。それはかつてピエロが『受肉』した時の姿と酷似していた。違うのは、その中心に小さな女の子の面影がかすかに残っていることだ。
「杏奈……」
美咲が悲痛な声を上げる中、私はスマホで『心霊対策課』へ連絡をする。
『こちら『心霊――』
「こちら紅。今からパラサイトグリードと戦闘に入ります。あとは頼みます!」
『えっ、ちょっと、ま――』
オペレーターの返答を待たずに連絡を切り、コクピットへ続く入り口を魔方陣で出現させる。
「美咲さん、ここは危険です。ディストレイに乗りますよ」
『えっ、ディ、ディス……?』
「ああ、もう。行きますよ」
私は美咲の真下に入り口を出して無理やり落としてから飛び込んだ。
コクピットへ乗り込んだ私は操縦桿を握った。




