第五話 森山花蓮の受難――方角
「いや、数字そのものに意味があるのではなく、方角を示しているのではないか?」
古地図研究家の老人が、眼鏡を押し上げながら言った。
「方角?」
「ええ。例えば30度と54度。これは方角を示す角度ではないかと。地図上で特定の方角を指している可能性がある」
「なるほど……」
私は地図アプリを開きマンションの位置から30度と54度の方角を調べてみた。しかし、特に何かがあるようには思えない。
「その方角の先には何があるのかね?」
陶磁器の専門家が尋ねる。
「いえ、今調べた限りでは……」
「待てよ」
古文書の解読を専門とする男が口を挟んだ。
「この辺り、昔は無縁仏の墓があったはずだ。土地開発で壊されたはずだ」
「無縁仏の墓?」
「ええ。戦後から、この辺りには身寄りのない死者を埋葬する無縁墓地があった。しかし八十年代にあの地区は土地開発で撤去されたはずだ。で、そこで出た土木材や墓石は二千年代に再利用されたと聞いている」
「再利用……どこに?」
私の問いに、古文書研究家はしばらく考え込んだ。
「確か……マンション建設の際に、基礎材として使われたという話を聞いたことがある。そういえば、事件のあったマンションだな」
「つまり、あのマンションの下には無縁仏の墓石が埋められていると?」
「いや、違う。マンション建設自体は別の場所で行われたはずだ。無縁仏の墓は今も更地で、雑草が生い茂ていたはず。ただあのマンション、そこの墓石や土を利用したとなると、かなり罰当たりな建造物と言えよう。そして、今現れている女性がその無縁墓地に埋葬されていたのかどうかは……」
「その情報は?」
「ない。ただ、最後に埋葬されたのは小学一年の女の子だったと記録に残っている。いつも人形を持っていたそうだ」
人形を持った女の子。
私は一昨日、マンションの廊下で見た光景を思い出した。
赤いワンピースの女性ではなく、その女性の人形を抱いた子供の姿。あれは、もしかすると……。
「もし、それが方角ならば、この黒い写真にも数字があるはず。で、もう一枚写真が存在するはずだ」
古地図研究家が言う。
「30度と54度の間の角度、つまり何らかの基準となる方角を示す写真が」
「ですが、その写真は手元にありません」
私は途方に暮れた。
三枚の写真しかない。
四枚目があるはずだと言われても、それがどこにあるのかわからない。
「翔太くん」
松山が、私のコートのポケットを指さした。
「そのポケットからはみ出ているのは、何じゃ?」




