第五話 森山花蓮の受難――赤いワンピースの女性
「やはりパラサイトグリードが関与している可能性がありますか?」
『否定はできません。それに、ホラー映画のキャラに殺された……というのは、我々の業界ではよくある話です』
「よくある、ですか?」
『ええ。都市伝説や怪談が実体化するケースは少なくない。特に、集合住宅のような閉鎖空間では住人たちの噂話や恐怖が増幅されやすい』
花蓮は電話を耳に挟みながら、手帳にメモを取る。
「明日、現場を見ていただけませんか?」
『わかりました。明日の午前十時に、現地のマンション前で待ち合わせましょう』
「ありがとうございます。助かります」
電話を切った花蓮は、小さく息を吐いた。
(これで何かがわかるかもしれない……)
彼女は立ち上がり、捜査資料をまとめ始めた。
その夜、花蓮は現場のマンションに再び足を運んだ。
日没後の集合住宅は、昼間とは打って変わって不気味な静けさに包まれている。エントランスの蛍光灯がチカチカと瞬き、廊下に長い影を落としていた。
部屋の検証を一通り終えた花蓮は、エレベーターで一階へ下りようと廊下に出た。
その時だった。
エレベーターの前に誰かが立っている。
それは真っ赤なワンピースを着た女性だった。
(こんな時間に……住人だろうか?)
女性は長い黒髪を垂らし、俯き加減で立っている。この季節には不似合いなほど薄手のワンピースは、蛍光灯の明滅に合わせてまるで血のように揺らめいていた。
花蓮がゆっくりと近づこうとした瞬間、女性が顔を上げた。
ぞくり。
背筋を冷たいものが走った。
女性の顔は青白く口元だけが不自然に紅い。そしてその目は花蓮を真っ直ぐに見つめながら、ゆっくりと歪んだ笑みを浮かべたのだ。それは人間の表情とは思えないほど、ぎこちなくそれでいて明確な悪意に満ちていた。
花蓮は刑事としての本能ですぐさま女性に声をかけようとした。
「そこの方、ちょっとお尋ねしますが……」
しかし、女性は花蓮が近づくより早く階段の方へと足を踏み出した。その動きは奇妙なほど滑らかで、まるで浮遊しているかのようだった。
花蓮は階段室へと続く非常口のドアを開け女性の後を追った。
階段室は薄暗く非常灯の緑色の光だけがぼんやりとあたりを照らしている。鉄骨むき出しの階段を、コツコツという足音が上階へと消えていく。
「待ってください!」
花蓮は階段を駆け上がった。
しかし踊り場にたどり着いた時、そこにはもう誰もいなかった。上も下もただ静寂が広がっているだけだった。




