第五話 森山花蓮の受難――電話
「何ですって?」
花蓮が振り返ると、田辺はバツが悪そうに肩をすくめた。
「いや、すまん。不謹慎だった。ただあの遺体の表情を見てたら、つい口をついて出ちまったんだ」
花蓮は黙って再び遺体を見つめた。田辺の言葉はたしかに不謹慎だったが、奇妙なほど的確に思えた。
ホラー映画のキャラに殺された――異常な恐怖によって心臓が停止したかのような、そんな印象を受けるのだ。
確か、”呪い”のビデオを見たことで、次々と殺されていく映画で、殺された死体はみんな苦痛に顔を歪めていた。
(これは……ただの事件じゃない)
花蓮の脳裏に、数ヶ月前の廃遊園地の出来事が蘇った。
ピエロの霊に囚われていた妹の陽子。
紅翔太という異能者が放った浄化の炎。
そして、人の悪意を喰らう存在――パラサイトグリード。
(まさか、また……?)
彼女は遺体の周囲を注意深く観察した。
目に見える外傷はない。だが、遺体の右手の指先だけが黒ずんでいるように見える。
それから、ベッドの枕元に置かれたデジタル時計の表示が、真っ黒に焼き切れたように消えていた。
(霊的な現象の痕跡……)
翌朝、花蓮は警視庁に出勤する前に、自宅で一枚の名刺を取り出した。
『アンティーク紅 店主 紅翔太』
廃遊園地の事件以来、彼女はこの名刺を手帳の一番奥に大切にしまっていた。あの事件の後、妹の陽子は驚くほど回復し今では大学院にも復学している。すべては彼のおかげだった。
花蓮はスマートフォンを取り出し、名刺に記された番号に電話をかけた。
『はい、アンティーク紅です』
聞き覚えのある落ち着いた声に、花蓮は自然と口元がほころぶのを感じた。
「お久しぶりです、紅さん。森山花蓮です」
『おや、森山さん。お久しぶりです。元気になった陽子さんと一緒に来てくれた時以来ですね。どうです? その後の陽子さんの具合はいかがですか?』
「おかげさまで、すっかり良くなりました。大学院にも復学しています」
『それはよかったです……それで? 世間話のために電話をしてきたわけではないのでしょう?』
花蓮は一呼吸置き、本題に入った。
「紅さん、今日は折り入って相談がありまして……」
「聞きましょう」
花蓮は昨夜のマンションでの出来事を簡潔に説明した。
小野寺健太という男性の異様な遺体。
同僚の何気ない一言が妙に腑に落ちたこと。
そして、現場で感じた不可解な違和感。
『なるほど……おそらく、普通の殺人事件ではないでしょうね』
受話器の向こうで、紅翔太の声が真剣なものに変わる。




