79 ※ローズ・ベルリエ公爵令嬢視点
リディ・ラヴァルディが水を吐き出し、青い顔で涙目をしているのを見たローズは、エミリー・カリエが予定通り聖水を飲ませたのだと喜んだ。レオポルド殿下に倒れ込み、抱えられて去っていったのは苛立つが、そんなことができるのも今回で最後だろう。ラヴァルディにとって、聖水は毒だ。リディ・ラヴァルディが死ぬのかまでは分からないが、少なくとも学園には来られなくなるはず。
先日、エミリー・カリエと内密に話し合った。共通の邪魔者のリディ・ラヴァルディを排除するまで、いったん手を組むと。リディ・ラヴァルディには死か体調不良で学園から去ってもらい、皇子やリュカから引き離す。また、それぞれ関わったことを互いの名は出さない、ということにも了承した。
救護班の役割もある聖女のエミリーは、薬草畑でも水分補給の補助をしているので、リディ・ラヴァルディに聖水を飲ませることができる。エミリー・カリエは聖水を作ることができない役立たずの聖女だから、仕方なくローズが制作して用意をした。
あとはリディ・ラヴァルディに聖水を飲ませるだけ。そして、リディ・ラヴァルディが聖水を飲んだら、リディ・ラヴァルディが飲んだ聖水のコップは中身を捨ててしまえばいい。ローズはエミリー・カリエがリディ・ラヴァルディの飲んだ、飲みかけの聖水を急いで捨てているところまでを確認した。これで証拠は隠滅。ローズが捕まることはない。
エミリー・カリエは話を聞かれるだろうが、証拠はないのだから聖水など飲ませていないと言い切ればいいし、言い切れなくても捕まるのはエミリー・カリエだけ。ローズがエミリー・カリエに聖水を渡した証拠もないし、ローズが捕まることはない。
リディ・ラヴァルディがレオポルド殿下により運ばれ、リュカがレオポルド殿下に任されたため、その場にいた全員が薬草畑から移動できないでいた。ローズとエミリー・カリエ以外は、リディ・ラヴァルディに何が起きたかも分かっておらず、移動したい、と文句が出始めていた時、レオポルド殿下が帝国所属の魔法薬専門機関関係者や神殿関係者を連れてやってきた。
そして、その場にいた生徒たちは、いったん校舎の教室に入れられた。その後、エミリー・カリエが呼ばれた。まあ、そうだろう。エミリー・カリエが渡した水でリディ・ラヴァルディが倒れたのだから。
ああ、早く帰りたい。ローズには関係のない出来事だから。ただ、今日は気分良くぐっすり寝られそうだ。
「ローズ、話を聞きたいから、こっちへ来て」
レオポルド殿下と一緒にいなくなったリュカがローズを呼んだ。リュカの顔は険しい。
「なぜ私が? 私は関係ないでしょう」
「……いいから、来るんだ」
舌打ちしたい気持ちになりながら、ローズは席を立った。エミリー・カリエがローズの名でも出したのだろう。互いの名は出さないという約束だったのに。やはりエミリー・カリエは裏切ると思った。まあいい。ローズが渡した証拠はない。ローズは切り抜けられるのだから。
そのはずだったのに。
呼び出された先に行ってみれば、そこにいたのは部屋の真ん中に座るエミリー・カリエと、彼女を見張る騎士のみ。ローズはエミリー・カリエの横に空いている席に座れという。しぶしぶ席に座ると、それを合図したように、部屋に人がぞくぞくと入ってきた。帝国の役人が数名とレオポルド殿下。リュカがレオポルド殿下の横に座る。
レオポルド殿下が口を開いた。
「リディ・ラヴァルディ公爵令嬢が倒れたのを見ていただろう。リディはエミリー嬢が渡した水を飲んで倒れた。その水が聖水だったことは、エミリー嬢は知っていたのかな」
「はい。疲れたみんなに聖水を飲んでもらって、元気になってもらおうと思いました」
は? 「聖水など渡していない」と嘘を吐く手筈だっただろう。ローズはエミリー・カリエの返事に耳を疑った。
「貴重な聖水を、怪我も病気もないみんなに飲んでもらおうと思ったと?」
「はい。薬草畑の講義は、疲れることは分かっていますから。一年生のみなさんは、特に初めてのことで疲れると思ったのです」
「……そのように思ったとしても、リディには聖水は渡してはいけない。ラヴァルディ公爵家の血筋が、聖水は毒だと知っているでしょう」
「え? そうなのですか? 知りませんでした」
「それはない。この学園では、魔法クラスは一年の最初の方の講義で習っているのだから」
「うーん……記憶にありません。その頃から、例え講義中だったとしても、魔獣討伐の救護班として呼び出されることがありましたから。もしかしたら、魔獣討伐でその講義は受けていないのかもしれません」
困ったように首を傾げながらエミリー・カリエは答えている。
「私は親切心で一年生のみなさんに聖水を飲ませてあげたかっただけなのです。ラヴァルディ公爵令嬢にとって毒と知っていれば、飲ませたりはしませんでした」
「……その聖水ですが、どこから入手したのですか?」
「ローズ・ベルリエ公爵令嬢です」
エミリー・カリエに向いていた目が一斉にローズを向き、ローズは内心焦ったが、もちろんそれを顔には出さない。
「言いがかりです。私はカリエ子爵令嬢に聖水を渡していません」
「そんなはずないです。私はベルリエ公爵令嬢からいただきました」
黙りなさいよ! ローズはそう思いながら、冷静な表情を装い、エミリー・カリエを睨むつもりで見た。エミリー・カリエは、ローズを余裕の笑みで見返す。イライラとするが、どうせ証拠はない。渡していないと言い張ればいいだけだ。
「私は聖水を渡していません」
冷静な顔でローズを見るレオポルド殿下が、テーブルの上にコップを置いた。
「エミリー嬢にローズ嬢が聖水を渡したかどうかはいったん置いておくが、この聖水はローズ嬢が制作したことは確認が取れている」
この聖水? リディ・ラヴァルディが飲んだ聖水の残りは、エミリー・カリエが捨てているのを確認した。他に聖水は残っていないはず。とすれば、そのコップの中身は聖水ではないはずだから、はったりだ。
「私は聖水を制作していません。そのコップは、本当に聖水ですか?」
「聖水ですよ。水にかなり薄められていますが、聖水には違いないです」
薄めている?
「水分補給のための水が入ったコップがいくつか残っていました。そちらを確認しましたが、どれも水に薄められた聖水が入っていました」
「もちろん貴重な聖水ですから、みなさんに飲んでもらいたくて水と割ったのです。薄めれば、聖水の効果も薄まりますので、大怪我には効果が薄いです。でも疲れている程度であれば、効果はありますから。聖水がみなさんの手に渡れば元気に変わると思って! 一年生のみなさんの疲れが取れた様子で嬉しかったです」
エミリー・カリエ、何を言っているんだ。計画では、聖水を水で割るなんて話はしなかった。リディ・ラヴァルディにだけ、聖水を渡すことにしていたはずなのに。まさか全員に渡していたなんて。
「ローズ嬢、もう一度言うけれど、これはローズ嬢が制作した聖水だ」
だんだんと、ローズが追い詰められていることに、ローズはやっと気づいた。




