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この日のリディの講義は、魔法薬学であった。
リンバルム学園の敷地内には、講義を受ける校舎の裏に丘がある。その中には薬草畑もあるという。魔法クラスは、一年生から三年生までの共同で、薬草畑を育てることもしているそうだ。
魔法薬学は何度か講義があったが、この日は初めて薬草畑を見学に行くことになっていた。
リディのクラスは、朝から運動に適した恰好になり、校舎の裏に集まった。
「薬草畑までは二十分ほど歩きますからね! 遅れずについてきてくださいね」
「はーい」
先生の声に生徒が応答し、それぞれ話をしながら軽い山登りである。リディもルルとフェルナンとおしゃべりしながら歩く。
「魔獣がいるんでしょ? 本当に襲われないのかな?」
「襲われない方法の通りにしたら、大丈夫なんじゃない? 魔獣の絵を見たら、イタチみたいな顔だったね。気持ち悪くないといいなぁ」
「リディは、今までその魔獣を見たことないのか?」
「うーん、あるかもしれないけど、薬草を育てる魔獣という認識では見たことないから、ちょっと記憶が薄いかも」
これまでの魔獣の研究で、魔法薬に使われる薬草などを育てるのが得意な魔獣がいることが分かっている。これから行く薬草畑には、その魔獣がいて、薬草を育てる手伝いをしてくれているのだとか。薬草を育てることへの愛が強いらしく、薬草を子供のように思っているようで、薬草を取ろうとすると、襲うこともあるという。薬草を採取する時は、敵ではないことを知らせる必要がある。
「本当に、これって効果あるの?」
「試してみるしかないよねぇ」
ルルがリディの頭の上を見た。リディもルルの頭の上を見る。フェルナンもだが、今日はみんな、頭の上にイタチのような帽子を付けている。イタチもどきの香り付き。これで、イタチもどきの魔獣は、リディたちをお仲間と認識してくれるらしい。そんな見た目判断でいいのか、イタチもどき。こちらは助かるけど。
薬草畑に到着した。二十分も山登りをすると、まあまあみんな息が切れている。リディは討伐がある関係で、わりと普段から運動をするので余裕だ。
薬草畑は思っていたより広い。そこかしこに魔獣のイタチもどきと人がいる。
「レオー! リュカー!」
声を掛けて手を振ると、薬草畑の中にいたレオとリュカが手を振り返してくれた。二人もイタチのような帽子を付けている。ちょっと面白い。今日の講義は、二年生と三年生も合同なのだ。二年生のエミリー・カリエやローズ・ベルリエもいる。ときどきこういう合同講義もあるらしい。
とりあえずは、先輩方はおいておいて、イタチもどきの扱いを聞く。先生が実際にイタチもどきに対応し、攻撃されない方法を見た目で習う。イタチもどきは、大人の人間くらいの大きさのイタチであった。普通のイタチと違うのは、大きさと、背中に何故か十本くらいの触手があることだろうか。あの触手から粘液が出るらしく、その粘液の成分が薬草を育てる栄養的役割があるらしい。
イタチもどきは、リディが少し苦手の部類の魔獣だった。触手のうねうね、嫌いです。苦手な魔獣は討伐の意味合いで地下世界に送りたくなるので、できるだけイタチもどきには近寄らないようにしよう。
先生の説明を聞きながら、数種類ある薬草を実際に見て回る。そして、試しに採取したりしながら時間が過ぎ、先生が声を上げた。
「一年生のみなさん、いったん休憩にしましょう! 水分を取ること!」
「はーい」
水分補給用の可愛いテントがある。一年生がわらわらとそこに集まった。そこには二年生の聖女エミリー・カリエが用意された水を配っていた。リディも水をもらう。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
ちょっと緊張したけど、エミリー・カリエはにこやかだった。まあ、毎回敵意を向けられることもないだろう。
リディは水を口に含む。
「……けほっ」
リディは口に含んだ水を、いったん地面に吐き出した。一瞬見たエミリーの顔が笑っていた気がした。
「リディ? どうしたの?」
「……これ、水じゃない」
「え?」
どうしよう、これ聖水だ。とりあえず、水が聖水だったことはともかく、ベルリエの血も引くリディは聖水はなんともないが、それを隠しているリディは、ここでは体調が悪くならないと、聖水を仕込んだ人に変に思われるだろう。リディの頭は急回転した。焦り青くなりながら、どうしてこんなことにと涙目になる。
「レオ!」
リディの異変に気付いたのか、リディの元に向かっていたレオを呼び、レオに倒れ込むように抱きついた。リュカも何事かと近づいてきている。
「リディ? どうし――」
「これ、聖水なのっ」
「――っ、リュカ! この場の何もかもをそのまま動かさないように見張ってろ! エミリー嬢! そこを触らないで! 他のみんなはこのままで待機!」
「わ、分かった!」
何事かとリュカは疑問顔だったが、緊急を察したのか、すぐに頷いた。レオはリディをすぐに横抱きにし、山を走って降り出した。
それから、ずいぶんレオが走ってから、誰もいないことを確認して、リディは声を出す。
「ごめんね、レオ。聖水を飲んでも、実は私はなんともないの」
「そうだろうとは思ってる。でも、一応は救護室で見てもらおう。本当に何ともないか分からないから」
レオはリディがベルリエの血も引いていることを知っている。だから、本来ならラヴァルディの血筋であれば聖水は毒になるが、リディには関係ないと予想はしていたのだろう。実際、リディは、過去の回帰で何度も自分で作った聖水を飲んで試しているが、聖水が毒と感じたことは一度もない。
それでも、レオの顔は険しかった。ラヴァルディからすると、聖水は毒。誰かがリディに毒を飲ませたことと同じなのだから。
救護室に到着し、リディは診てもらったが、大きな問題は見つからなかった。ほっと息を吐くレオが、救護室のベッドに横たわるリディの頬を撫でた。
「良かった、リディ。……しばらく休んでいて。あとは俺に任せて欲しい」
「うん。ありがとう」
去ろうとしたレオの後ろ姿に、リディはどうしようかと思ったが声を掛けた。
「あのね、レオ」
「うん?」
リディを振り向いたレオに、あまり言いたくないが、と思いながら口を開く。
「聖水を、誰が作ったのかも確認して欲しいの」
「……飲ませようとした相手だけでなく、制作者ってことだね。……分かった」
リディの今の一言で、レオには意図が通じたようだ。
レオが部屋を出ていく音を聞きながら、リディは深い溜め息を吐いた。




