80 ※ローズ・ベルリエ公爵令嬢視点
服の中に冷や汗が流れるが、ローズは冷静な顔を務めた。
「そのコップの水が聖水だったとして、なぜ私が聖水を制作したことになるのですか? 確かに、私は聖水を作ることはできますが、その聖水を私が作ったとは限りません」
「……なるほど。ローズ嬢は、聖水は製作者が分かると知らないのですね」
「え?」
「聖水は貴重です。作れる人が限られますから。魔法が使える者の中では、光の魔法一族のみ。神聖力を使える者の中では、現在数名のみ。全員の神官や聖女が作れるわけではない。エミリー嬢も聖水は作れないと聞いているけど、あっているかな」
「……はい」
レオポルド殿下の問いに、エミリー・カリエが答えて、レオポルド殿下は頷いた。
「聖水が貴重なのは作れる人が限られることもありますが、作れる人によって上級中級下級と効力に差があります。つまり、効力の程度を調べれば、誰が作ったのかがすぐに分かる」
聖水に、効力の差があるのは知っていた。当然上級が作れるローズは、聖水が作れてしかも上級の効力があることに、さすがローズだと思っていただけだった。上級の中でもさらに効力が細分化されるとは聞いていたが、上級は上級に違いないから、まさかそこから製作者が割り出せると、思ってもみなかった。
エミリー・カリエのせいだ。勝手に聖水を薄めて、証拠を残しておくなんて。ここは認めておくしか、ローズの選択はなくなった。
「た、確かに、私がカリエ子爵令嬢に聖水を渡しました。ただ、私は聖水を何に使うか知らなかっただけです!」
「さっきは聖水は制作していないと言っていたのに、急に話を変えるのですね」
「それは……カリエ子爵令嬢が、聖水をラヴァルディ公爵令嬢に飲ませたことで、私まで叱責されるのではないかと思ったからです。私はラヴァルディ公爵令嬢に飲ませるとは知りませんでしたから」
これは、事故だ。リディ・ラヴァルディに聖水を飲ませるとは知らずにローズがエミリー・カリエに聖水を渡し、エミリー・カリエはリディ・ラヴァルディには聖水は毒だと知らずに飲ませてしまった事故。
「……そうですか。分かりました。では、いったんここで事情聴取は終わります。二人はこれから牢に入っていただきます」
「「え?」」
「これから二人の身柄は、学園ではなく帝国に移ります。後日、裁判が開かれることでしょう」
これには、ローズもエミリー・カリエも予想外で、二人とも顔色を変えた。エミリーが口を開く。
「なぜですか! どうして牢に!?」
「エミリー嬢、ラヴァルディの血筋に聖水が毒だと知らなかったと言いましたが、この件に関しては、知らないでは通じない事案です。無知だっただけでも、故意だった場合でも、ラヴァルディの血筋に聖水を渡した実行者は、まず罪人として問われることになります。法律で決まっています」
「そんな! そんな法律知りません!」
「法律はたくさんありますから、詳しくないことを責めるつもりはありませんが、この法律はずいぶん昔からあります。それだけラヴァルディ公爵家が帝国にとって、重要な役割を担う家門なのです」
「でも、私はラヴァルディ公爵家の血筋に聖水が毒になるとは知らなかったんです! これは、事故です!」
「先ほども言いましたが、知らないでは通じない事案です。違いがあるとするなら、知っていた場合と知らなかった場合に刑の違いがあるくらいです」
「……刑?」
エミリー・カリエはさらに青い顔をした。
「罪人なのはすでに確定ですから、当然刑はあります。知らなかった場合で……数日間の鞭打ち、もしくは四肢の切り落としまでは覚悟が必要でしょうか」
「なっ……」
「刑が幅広いのは、聖水という毒を飲まされたリディの体調次第と、ラヴァルディ公爵がどのような刑を要望するかによります」
わなわなとエミリー・カリエは震え、狂乱したような顔でいきなりローズを指さした。
「四肢の切り落としなんて、あんまりです! 私がそれなら、ベルリエ公爵令嬢も裁かれるのですか!?」
「聖水を制作していないと嘘はつかれましたが、ローズ嬢の話では、エミリー嬢がリディに聖水を渡すとは知らなかった、という話です。ですから、牢に入ってはいただきますが、裁判次第では罪にならない可能性はあります」
「そんなのひどい! どうして私だけ最初から罪と刑罰があるの! おかしいじゃない!」
「おかしくありません。聖水を制作するだけなら、罪ではないのですから。リディに聖水を渡した実行者のエミリー嬢とは違います。まあ、嘘を吐いたことによるお咎めはあるでしょうけれど」
いきなりエミリー・カリエが狂ったように笑い出した。ローズは嫌な予感がする。
「……ベルリエ公爵令嬢が言ってきたんです。ラヴァルディ公爵令嬢に聖水を飲ませろと」
「何を言うの!? 違います! 私はそんなこと言っていません!」
「私はラヴァルディ公爵令嬢に聖水が毒とは知らなかった! でも、ベルリエ公爵令嬢が聖水を渡してきて、ラヴァルディ公爵令嬢に飲ませろと言ってきたんです! 毒と知らなかった私より、知っていたベルリエ公爵令嬢のほうが罪がありますよね!」
「い、言いがかりよ!」
「言いがかりではありません! 実は少し怪しいと思っていました。普段私に話しかけないベルリエ公爵令嬢が急に話しかけてきて、聖水をラヴァルディ公爵令嬢に飲ませろと言うから、なぜだろうって。私はベルリエ公爵令嬢には逆らえません。身分差がありますし、分かりますよね? でも、私はベルリエ公爵令嬢が怪しいと思って、聖水をラヴァルディ公爵令嬢にだけ飲ませるのではなく、みんなで飲もうと分割しました! 水で割って希釈したんです! お陰で、ラヴァルディ公爵令嬢の口に入った聖水は、薄まっているはずです! 私がベルリエ公爵令嬢をとっさに怪しんだからの機転だと思います! ラヴァルディ公爵令嬢の現在の体調はどうなっていますか? 死んではいないんじゃないですか? それであれば、私の罪も軽くなりますよね!?」
鬼気迫る顔でエミリー・カリエは捲し立てる。しかし、そんなエミリー・カリエをレオポルド殿下は冷めた目で見ている。
「エミリー嬢がリディの命を粗末に思っていることは、よく分かりました」
「そ、そういうわけじゃ……、だ、だって、ラヴァルディ公爵令嬢の命が助かるなら、私のお陰でしょ!? 私はベルリエ公爵令嬢に騙されただけよ!」
「だから、私じゃないって言っているじゃない!」
リュカが手を上げた。
「レオポルド殿下、これ以上は無駄ですよ。身柄を帝国に移して、別々に話を聞いたほうがいいと思います」
「……そうですね」
「それと、今回の件とは関係ありませんが、先日、リディを嵌めようとした三人の後ろにはローズがいた気配がありました。つまり、ローズにはリディをどうにかしたいと思う意思があったのではないかと思います」
「なっ!? リュカ! あんた!」
あの時も違うと言ったのに。なぜそれを今蒸し返すのだ。
レオポルド殿下が、ローズを冷たい目で見た。なぜかエミリー・カリエは、救世主とでも言うような目でリュカを見ている。
ローズはその後、家に帰れることはなく、そのまま牢へ入れられることになった。




