74 ※ローズ・ベルリエ公爵令嬢視点
なんて使えない奴らなの。
ローズ・ベルリエは帰宅し、使用人に着替えを手伝ってもらいながら、イライラと今日の出来事を思い出していた。
リンバルム学園の食堂で、あの目障りなリディ・ラヴァルディの高飛車な様子を印象づけるはずだったのに、上手くいかなかった。あの三人がいけないのだ。なぜもっと上手くやれないのか。
ローズの髪を整える使用人が、もたもたしながらローズの髪の一部を櫛に引っかける。
「痛いわね!」
ローズは、使用人の腹を肘で押した。尻餅付いた使用人が青い顔で頭を下げる。
「申し訳ありません!」
「もっと気を使うべきでしょ! 私の髪は、あなたなんかの首より尊いものなのよ!」
ああ、イライラする。なぜこうも上手くいかないのか。
ローズはソファーに移動し、用意された紅茶に口を付けた。その時、ローズの部屋に来客がある。ローズの兄であるリュカだった。
「何か用?」
「君たちは少し下がっていてくれないかな」
リュカが使用人を下がらせ、ローズの座るソファーの前に座った。
「今日の食堂の騒ぎって、知っているよね」
「知らないわ」
「知っているはずだよ。食堂の遠くから、見てたのは知っているから」
ローズは内心舌打ちしながらも、顔は普通を心がけて口を開く。
「ああ、リディ・ラヴァルディが起こした騒ぎのことね」
「リディじゃなくて、ローズが親しくしている友人たちが起こした騒ぎだよ」
「……何が言いたいの」
「ローズは生徒会にも来ないで先に帰ったから、彼女らの言い訳は知らないみたいだけど、彼女らはリディが生意気だから、言いがかりをつけたと言っていた」
「だったら、そうなのでしょ。嫌われているのね、リディ・ラヴァルディは。そんな風に思われているリディ・ラヴァルディが悪いんじゃないの」
「……彼女らはローズの名は出さなかったけど、ローズが指示したんじゃないの」
「そんなことしていないわ」
ローズがあの三人に言ったのは、リディ・ラヴァルディが気に食わないと目の前で呟いただけ。それをあの三人が勝手に忖度して、勝手に一芝居打っただけの事。その芝居に助言は少ししたけれど、役者が下手過ぎて、期待した結果は生まなかった。だから、何もなかったことと同じ。
「へぇ。普段から彼女らは、ローズのご機嫌取りに必死だよね。そんな彼女たちが、勝手に動いたと言いたいの? どうみても、ローズが指示をしたというのが一番納得いくけれど」
「言いがかりだわ。私の方が、あんな騒ぎを起こす子達と友達だなんて思われる方が心外よ」
「ふーん。切り捨てるんだね」
ローズはリュカを睨んだ。
「あの子たちなんて、どうでもいいわよ! それより、リュカ、あなたのほうが問題なんじゃない? リディ・ラヴァルディといつから親しいの? 相手は闇の魔法の一族のラヴァルディよ!? 対極にある我がベルリエが、あんな家の子と仲良くするだなんて! 今日の騒ぎだって、どうしてリュカがあの子を庇うわけ!?」
「そりゃあ、友達だから。いいかげん、ベルリエとラヴァルディが対局だから、などという言い訳を使いながら、ラヴァルディを目の敵にするのは止めたら? 考え方が古臭い」
「なんですって!? 光と闇は、敵対するものでしょ!」
「それが古いって言っているの。父上でさえ、ラヴァルディが闇の魔法の一族だからとラヴァルディ公爵と表立って敵対なんかしていないでしょ。そりゃあ、政治的に意見の食い違いくらいはあるみたいだけど、互いの騎士団でさえバチバチやっていない。もう少し、光と闇の一族の関係を勉強したほうがいいよ」
確かに、今のベルリエ公爵とラヴァルディ公爵は、過去の歴史の光と闇の争いほど、関係が悪化しているとは言えない。それでも、光は「闇が悪」だということが、血の中に組み込まれているはずなのだ。
「まあ、ローズがリディを気に食わないのは、レオポルド殿下とリディの仲がいいからだろうけれど。昔から、二人は仲がいいからね」
ローズはリュカを見た。
「二人の仲がいいって、知っていたの?」
「知っていたよ。ローズとは違って、二人の仲は十年以上はあるんじゃないかな」
ローズはレオポルド殿下とは、まだ一年ほどしか親しくさせてもらっていない。今年から、ローズも生徒会に入り、やっと普通に話せるレベルになったのに。
「ローズがレオポルド殿下の妃を狙っているなら、頑張ってみれば? 応援はしないし、無駄だとは思っているけど、リディがレオポルド殿下より俺を見てくれるなら、少しくらいローズを見直してもいいかな」
「……リュカ、まさか、リディ・ラヴァルディが好きだと言いたいの?」
「好きだよ」
ローズは嘲笑するように笑った。
「ベルリエ公爵家の息子がラヴァルディ公爵家の娘を好きだなんて! 結婚したいとでも言うわけ!? ありえないわ! お父様だって反対するわよ!」
「それはどうかな。父上は俺に興味がないし、反対もさほどしない気がする。ああ、父上の興味がないというのは、ローズも同じだよね」
ローズは持っていた紅茶のカップごと、リュカに投げた。リュカに紅茶の中身とカップが当たったが、紅茶がすでに少し冷えていたので、火傷もしなかっただろう。熱々をかけてやりたい。
「お父様は、リュカを憎んでるでしょ! あんたと一緒にしないで!」
「憎まれるのと、無関心、どっちがマシなのかな?」
小さい頃のリュカは、ローズが怒るたびに身を縮こまらせ半泣きで謝ってきたくせに、最近はローズを見下したような視線をする。リュカのくせに許せない。しかし、男というだけで、このリュカが、ベルリエ公爵家の後継者なのだ。
「もういいわ! リディ・ラヴァルディを妻にするなら、さっさと求婚でもなんでもしなさいよ!」
リュカとリディ・ラヴァルディが恋人にでもなるなら、きっとレオポルド殿下もローズのことを、もっと気にして見てくれるようになるだろう。
「そうしたいけどね。まだ時期じゃないんだ。こちらにも、父上に言われている計画というものがあって」
「計画? 何をするつもりなの?」
「俺の口からは言えないな。父上に聞いてみて」
そんなこと、ローズが父に聞けるはずもない。父はローズと会う時間を作ってもくれないから。父はリュカを憎んでいるくせに、嫌いなくせに、リュカだけをいつも相手にしている。それも気に食わない。
「詳しい話をする気がないなら、もう出て行って!」
リュカはソファーから立ち上がった。
「今日の騒ぎの件、ローズの名前が出なかったから、これで終いにはするけれど。今後一切、リディに手は出さないで。言っておくけど、見逃すのはこれで最後だから。分かっていると思うけど、俺はローズを庇い立てはしないからね」
生意気に、リュカはそれだけ言って部屋を出て行った。
ああ、腹が立つ。リュカが憎い。ただ男というだけで、父は正妻の娘のローズではなく、リュカを後継者にした。
ローズが男ではないのがいけないのなら、ローズが皇子の妃になれば、きっと父はローズを見直してくれるだろう。なのに、リディ・ラヴァルディがローズの邪魔をする。皇子の興味をリディ・ラヴァルディから逸らしてあげなければ。
「……そういえば、エミリーがリュカを好きなんだったわね」
ローズではなく、リディ・ラヴァルディの味方をするリュカなど、邪魔してやる。
エミリーがリディ・ラヴァルディを気にしているのは気づいていた。たかが聖女なくせに、子爵家ごときの娘が、身の程知らずにもベルリエ公爵家の後継者の妻の座を狙っている。今まで、魔力もない下級貴族の娘が公爵家に入るなどと、許すわけにはいかないと思っていたけれど。
「エミリーに手を差し伸べてあげる」
上手くいけば、リディ・ラヴァルディはいなくなり、ローズはレオポルド殿下を得ることができる。上手くいかずとも、エミリーがただ学園からいなくなるだけ。
くすくすと、結果を想像して笑うローズの声が、部屋の中に響くのだった。




