69 ※レオポルド視点
週末のその日、レオポルドは皇太子である母の体調の様子を確認に来ていた。もろもろの報告も兼ねてではあるが、母は体調を気遣われるのは好きではないため、普段からこのような形を取っている。
「諸外国の交流の件ですが、今年の名簿が出そろいましたので、お持ちしました」
「ありがとう」
諸外国交流とは、他国が我が帝国の機嫌を伺いにやってくる交流会である。世界樹を管理する我が帝国は、他国より立場が上にあり、一年に一度、諸外国の王や王族、それに近しい人たちがやってくるパーティーがある。毎年行われており、重要なパーティーではあるものの、こちらは立場が上であるため、気楽に情報交換をする場、という感覚なのだ。どちらかというと、我が国以外のそれぞれの国の親交状況を確認する場、といったほうが正しいかもしれない。
報告をしながら、母の顔色を確認する。母の執務机の横には、父の皇太子配が母の秘書のようにそっと立っていた。父と目が合う。うっすらと目に笑みを浮かべているので、今日も母の調子は良い、ということだろう。
母が発症した『竜肉病』は、治っているわけではない。ただ、ギアラエラメルギア、所謂、叫び草から作る病気の進行を遅らせる薬が効いており、病気の進行はかなり遅いといえる。日によって、調子の良い日と悪い日というのはあるが、それでも叫び草が入手困難だったころのような切羽詰まっていた時より、今は穏やかな日々が過ごせていると言っていい。これも、すべてはこっそりと今でもリディが見つけた叫び草の在りかを教えてくれるからだ。最近は薬の蓄えがあり、余裕がある。
母の体調の確認と、公務のもろもろの報告を終え、レオポルドは母の執務室を出た。
今度は皇宮の地下のさらにその奥へ降りていく。そこには大きくて、頑丈な扉があった。見張りは誰もいない。それもそのはず、ここは皇族しか知らない部屋で、かつ、この扉は竜人族の末裔である皇族しか開けることができない。
扉を開け、一人その部屋へ入室した。部屋に入ると、青白い炎が数か所灯っているのが目に入る。それらがやんわりと灯す存在が、中央に横たわっていた。
たくさんの鱗、鋭い爪。それは巨大な竜であった。今にも動き出しそうなほど、生々しい体、すぐにでも開きそうな瞼。しかし、その竜は生きてはいない。死に絶えて千年は超えるという、竜の死骸である。
一説によると、皇族の先祖である竜人の兄妹だったとか、なんとか。もう誰も、正確なことを知るものはいない。
今では、この竜の死骸が帝国の守り神なんて言われていたりするが、はたして、本当にそうなのか怪しいものだ。少なくとも、これが原因で、十数年前の厄介ごとは起きている。レオポルドにとって、あの出来事があったから、今、皇子でいられるのかもしれない。とは思いつつも、あれはただの皇族の恥でしかなく、二度と、あのようなことは起こしてはならない。
それは、レオポルドが生まれる少し前の出来事。あの事件は、箝口令が敷かれ、事件を知るものは少ないという。事件を知るものが少ないのは、あの事件が起きた時、皇族、ベルリエ公爵家、ラヴァルディ公爵家が、それぞれ醜聞があったから、とされる。その醜聞は十数年立ち、今は風化していると言えるが、さて。
皇族のレオポルド、ベルリエ公爵家のリュカ、ラヴァルディ公爵家のリディ、近しい年齢の自分たちが、近しい位置にいることに、何かあるのでは、と運命を勘ぐってしまう自分はおかしいのだろう。
竜の死骸に何も変化がないことを確認し、レオポルドは部屋を出た。竜の死骸は、レオポルドが時々変化がないかを確認している。最近、この部屋にには、レオポルド以外、誰かが入っている気配はない。数年前までは、皇女で叔母のヴィヴィアンが出入りしていた気配があったけれど、ヴィヴィアンは数年前、ラヴァルディ公爵とは別の貴族と結婚し、皇宮を出た。それ以降、この地下は静かなものだ。
地下を出て、今度は世界樹の確認に行く。世界樹を眺めるが、特に変化の兆しはない。
その昔、この世界とは別の世界が滅亡を迎えようとしていたという。しかし、他人のために尽くす一人の竜人族を気に入った神は、その竜人族が死に絶えることを不憫に思い、この世界を与えになった。そして、この世界が存続に値する限り世界樹が存在し、生物の存続を許した。竜人族の末裔である皇族は世界樹の番人となり、世界樹を見守っている。
「……世界が存続に値する限り、か」
何をもって、そんなことを確認しているのか。皇宮に残る古い文献は、ところどころ劣化しており確認できない部分も多い。
「レオ」
はっと後ろを向くと、リディが笑みを浮かべて立っていた。今日の夕方にレオポルドに会いに来てくれると言っていたが、思ったよりも早くきてくれたようだ。
レオポルドも笑みを返し、口を開く。
「早く皇宮に来てくれて嬉しいよ、リディ。……でも、もしかして、俺はついでなのかな。世界樹のほうが優先?」
「え!? ち、違うよ!? パパが皇宮に用事があるから、一緒に来たの。レオに会いに行くって言ったのは、夕方くらいって言ったでしょ? 少し早いから、世界樹を見てからレオのところに行こうかなって」
リディは慌てながら、そう返事をする。リディはこう言っているけれど、たぶん、リディの中では世界樹の方がレオポルドより優先は高いだろう。リディは昔から世界樹が好きだから。
苦笑しながら、レオポルドはリディに近づき、リディの手を握った。
「世界樹を少し見ていくよね。一緒に見ていこうか。芝生に座ろう」
「うん」
ここは、皇族、ベルリエ公爵家、ラヴァルディ公爵家しか足を踏み入れない場所。今はベルリエ公爵家の当主が来ることはほとんどないため、実質、今日はレオポルドとリディしかここにはいない。ラヴァルディ公爵はリディの話だと皇宮に来ているようだが、きっと皇帝の祖父のところへ行っているだろう。
誰も見ていないため、レオポルドとリディは、のんびりと芝生に座った。
「今日も世界樹は綺麗ね」
「……綺麗なのは、リディだと思うな」
「……え? 何か言った?」
「ううん」
ほとんど聞こえないくらいの小さな声で呟いたから、聞こえていないだろう。
小さいころから可愛いリディは、年々可愛さが増し、今は可愛さの中に時々はっとするくらい綺麗に見えて、見惚れることがある。
レオポルドはリディが好きだと自覚していた。ただ、リディは、レオポルドを好きではあっても、友達程度にしか思っていないだろう。その好きの程度には温度差がある。
それに、ベルリエ公爵家のリュカも、きっとリディが好きだ。いつからか、優秀だと言われるレオポルドと肩を並べて優秀だと言われるようになったリュカ。最初は気にならなかったリュカだけれど、リディとリュカが実は友人だと知ったころから、負けたくない、と思う感情が湧き上がるようになった。
「先日、リディは学園でリュカと昼食をしていたね」
「うん」
「リディは……」
リュカのことをどう思っているのか。聞きたい、その問い。でも、聞いてショックも受けたくない。ヘタレな自分に嫌気が差しつつ、聞きたいこととは別の事を口にした。
「俺とも、二人で昼食をしてほしいな」
「いいよ! 学園の食堂って美味しいよね! 全部の種類を制覇したいんだ!」
小さい頃から食べることが好きなリディの返答に、つい笑みを浮かべる。ただ、何でもない会話だけれど、リディとであれば、それも楽しい。
レオポルドは、リディとの時間をしばらく楽しむのだった。




