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魔獣に慣れる訓練は、今日はお休み。
リディは、パパの執務室でパパが仕事をしている横で、算数の勉強をしていた。相変わらず、パパの元には、パパの部下がたくさん行き来する。そして、パパの横でブリスがサポートしている。
パパを観察していると、部下の報告連絡相談を聞いて、何やら返答したり指示したりしている。あとは、何か書類にサインしたり。パパはいつも偉そうに座っているだけだけど、これでもバリバリ仕事中なのだ。パパは毎日忙しい。
時々、魔獣が大量発生したときは、リディを連れて魔獣討伐にも行く。魔獣は怖いけれど、戦っているパパはカッコいい。
一人の部下が部屋を去り、少しすると、また執務室に人が入ってきた。ルシアンである。ルシアンは、少し前にラヴァルディ領のどこかで魔獣が数匹発生したからと、討伐に出て行ったのだ。討伐が終わり、パパに報告のために戻ってきたのだ。
魔獣討伐は、大量発生時はパパも向かうけれど、数匹程度であれば、ルシアンや黒騎士団だけで対処することになっている。
ルシアンがパパに報告しているのを聞いていたリディは、ルシアンの腕の服が少し赤く染まっていることに気づいた。
「お兄様! 怪我してる!」
「うん? ……ああ、これ? 魔獣が岩にぶつかった時に、飛んできた岩の破片で切ったんだ。大したことないよ」
「大したことあるよ!」
血が滲んでいるということは、結構深く切ったのではないだろうか。
リディは慌ててルシアンの傍に寄り、光の魔法で癒しの力を使った。リディの青目が金色に光り、癒しの力に集中している手が淡く光る。そして、目と手が光らなくなると、ルシアンに顔を向けた。
「お兄様、傷はどう?」
「……お、治ってる。ありがとう、リディ」
「どういたしまして」
ニカっと笑うルシアンに、リディはホッとして笑みを向けた。パパの弟とはいえ、ラヴァルディの血筋でないルシアンは、癒しの力に効果があるのでよかった。
パパが「ほう」と呟きながら、口を開いた。
「リディは、光の魔法も使えるのか」
「うん。でもね、私が使えるのは、癒しの力だけなんだよ」
リディは再びパパの隣に座る。
――リンッ
光の妖精ララが現れ、リディの頬に頬を付けた。
「ララと契約しているから癒しの力だけは使えるけれど、本来なら、もっと色々魔法が使えるはずなんだって」
『本来ならね。でも、リディは私との繋がりが弱いから、これからもリディが使えるのは、癒しの力だけだと思うわ。ラヴァルディの血の方が強いみたいだから、仕方ないわね』
「リディが癒しの力が使えるのは、癒しの力が弱い魔力で使えるという意味か?」
『いいえ。リディは魔力自体は多いもの。なんというか、そのう……相性の問題というか』
――ポンッ
なぜか効果音付きで、悪魔ヴァルバスが現れた。
『要するに、リディには光の魔法の才能がないってことだろ』
『何てこと言うのよ、この馬鹿悪魔! リディの癒しの力は、すっごいんだからね! 同じ要領で、リディは聖水だって作れるんだから!』
『せ、聖水~!? 俺サマをタダレさせる気か!?』
あはは。リディは可愛い幼児同士の会話に苦笑いした。そうなのだ。ララは庇ってくれているが、要するに、リディには光の魔法の才能がない。ララと契約しているのに、なんという残念なリディ。
「……聖水も作れるのか」
「うん、パパ。ヴァルバスは聖水に触れると、タダレちゃうの?」
「聖水の効力による。下級程度の聖水なら死にはしないが、火傷したようになるかもな」
「……」
ヴァルバスにとっては聖水は凶器なのだと、リディは少し青くなった。そして、パパが「聖水」と言った時の少し低くなった声音が気になる。
リディには、回帰していること以外にも、パパに言えていないことがある。できれば、一生言いたくない。だから、その記憶を無理やり外に追い出した。少し話題を逸らす。
「私は癒しの力だけしか使えないけど、ララは他にもできる魔法があるんだよね!」
『えっへん!』
「ほう。何ができる?」
「ララは光るんだ!」
ララがピカッと光った。
「眩しっ」
ルシアンとブリスが目を細めた。
「ララは私の色を変えられる!」
ララが光るのを止めると、今度はリディの髪の色を変えた。
「あれ? リディの髪の色が金髪みたいな色になった」
「お兄様の髪色に似てるでしょ!」
「……色を変えている、というより、髪に光の膜を張っているな?」
リディとララはしゅんとした。
「……どうして分かるの、パパ。分かりやすい?」
「いや。魔法だと分かるかということなら、分からない。リディが説明してから、髪色が変わったから、その仕組みを考えたというだけだ」
「さすが、パパ。髪色ね、変えられると変装できるんだ。逃げる時とか、使えるんだよ」
「……逃げる時にね」
「……?」
なんだろう? パパがリディを見て、考え込んでいる。
「リディと光の妖精が光の魔法を使えるのは分かったが、普段は人前で使ってはダメだ。分かるな?」
「うん」
「どうしても使う必要がある場合でも、できるだけ分からないように魔法は使うこと。光の妖精も分かったな?」
『ふんっ! 分かっているわ!』
ラヴァルディの後継者が光の魔法が使える、というのは、知る人が少ないほうがいいのだ。




