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街には、街灯や店の旗を利用した飾りが施され、様々な屋台が端から端まで並んでいる。人混みの中を縫うように進みながら、エメは目を輝かせた。
「祭りは初めてか?」
ラースが問いかけると、エメは興奮気味に頷く。
「毎度のことながら」と、ニコライ。「すごい人出っスね」
「外からも人が集まって来ますからね」
さすが王都と言うべきか、他の町の祭りとは規模が違う。収穫祭はこの国の祭りの中でも一番の大規模だ。その分、人出もかなり多い。エメが自分で歩いていたら、すぐにはぐれてしまうだろう。
準備は一週間前から始まっていたはずだ。収穫祭は民の力の入れ具合も違う。会場は熱気に包まれていた。
「あ! おーい!」
不意に聞こえた声に、四人は声のほうを振り向く。人混みを器用に避けながら駆け寄って来るのはアランだった。
「お前らも来てたのか!」
「やあ、こんにちは」
リカルドも彼らに歩み寄って来る。三人は辞儀をする。
エメが地面を指差した。降りてアランのところに行きたいのだろう。ラースは躊躇した。いくらアランがとなりにいたとしても、エメでは人混みに呑まれてしまう。
「俺が手をつないでるから大丈夫だよ。いいか、エメ」
迷っているラースに、アランが言った。ラースは少々不安を抱えながらも、そういうことなら、とエメを降ろす。嬉しそうに駆け寄るエメに、アランが手を差し出した。その手を取り、エメは明るく微笑んだ。
「仲良しですなあ」
ニコライが茶化すように言った。言い返すために振り向いたアランが、ぎょっと目を丸くする。
「誰だ!?」
「やだなあ。ニコライっスよ」
へらへらと笑って見せるニコライに、アランは怪訝に眉をひそめる。なぜ女装を……とその顔が言っていた。その訝しげな視線に、ニコライは楽しげに微笑んだ。
前をラースとリカルドが歩き、真ん中にエメとアラン、ニコライとエミルがそれに続いて歩く。
きょろきょろといろんな屋台や飾りに目移りするエメに、アランが得意げに胸を張った。
「すごいだろ? なんてったって、公爵家が主催だからな。でもちゃんと前を見て歩けよな」
エメはこくこくと頷き、しかしその視線はいろんな方向へと巡らされる。アランは呆れつつ、その都度エメの手を引いた。エメは庶民のような格好をしているが、こういった場所に必ず湧くのがスリだ。はぐれるより危険なものだ。
後ろに張り付いているニコライも、時々列から離れそうになるエメの肩に手を遣り軌道修正をする。
「お前、祭りは初めてなのか?」
少しだけ呆れをはらんだ声で言うアランに、エメは頷いた。それならはしゃいでも無理はない、とアランは思った。
「坊ちゃん、気になる屋台はあるっスか?」
ニコライが問いかける。エメはいろんな屋台を見ているが、収穫祭というだけあって、そのほとんどが食べ物なので寄る気にならないようだ。
リカルドと話をしながら、ラースは時々エメを見遣る。エメはアランに手や肩を引かれ、なんとか人混みに紛れずに済んでいる。自分が抱えているのが一番安全なのだろうが、友達と歩きたいと思うのも当然だろう。それを引き離すのはさすがに気が引ける。
リカルドと会ったことで、図らずも彼らは目立つ結果となってしまった。公爵家の跡取りであるリカルドの顔を知らない者はこの街にはほとんどいない。時々掛けられる声に軽く手を振って応えるリカルドに、ラースは小さく息をついた。せっかく目立たない格好をして来たと言うのに。アランもなかなかに目を引く。
人の波は不規則だ。ラースはリカルドと話しながら防波堤をしているが、アランが次第に波を避けきれなくなってきている。エメを抱えたほうがいいかもしれない、と考えていた矢先、アランの鋭い声が聞こえた。
「エメ!」
その声に振り向くと、アランが人の波の中に手を伸ばすのを、ニコライが慌てて引き戻している。その横にあるはずのエメの姿がなかった。
「自分が」
波の中へ身を投じようとしていたアランをエミルに引き渡し、ニコライが人波の中に素早い動きで移動して行く。
「大変だ」と、リカルド。「手分けして探そう」
「リカルド様はラースさんと一緒にいてください」エミルが言う。「アラン様は僕が。噴水広場で落ち合いましょう」
「わかった」
ラースとリカルドは頷き、アランが手を伸ばしていた方向に駆け出した。エミルはアランの肩を抱き反対方向へ向かう。人混みとは言っても、隙間がないわけではない。おそらくエメはどこかの隙間に入り込んでいるだろう。
やはり自分が抱えておくべきだった、とラースは考えた。アランのせいではない。自分の見立てが甘かったのだ。
エメはどんどん遠ざかるアランに必死に手を伸ばすが、人の波に押されて離れていくばかりだった。なんとか隙間を見つけても、すぐに背後から誰かにぶつかられる。自分はこんなにもどんくさかったのか、と涙を堪えた。
「エメ!」
ラースの声が聞こえてくる。しかし、声の出ない自分ではその呼び掛けに応えることができない。もどかしい。声が出せればせめて位置くらいは報せられるのに。
きょろきょろしているうちに、方角がわからなくなってしまう。すると、いかにも迷子然としていたためか、どうしたの、と声を掛けてくる者もいた。エメが喋れないでいると、困ったように辺りを見渡す。
どうしたものかと、エメがうつむいたときだった。
「あ~やっと見つけた」
その声とともに誰かに肩に担ぎ上げられた。
「人混みでお友達から手ぇ離しちゃだめだよ」
それは見覚えのない人物だった。鮮やかな赤色の長髪を一括りにした、赤みがかった黒の不思議な色の瞳の青年だ。
エメは見覚えがなくて首を傾げる。青年はニッと笑い、エメを両腕で高く持ち上げた。
「見える~?」
高くなった視界で辺りを見渡すと、人混みの中で駆け回っているラースとリカルドの姿を見つける。エメは精一杯に手を伸ばし、ぶんぶんと振った。ラースがそれに気付く。人々を突き飛ばさないようにしながら、エメのもとへ駆け寄って来た。エメはようやくホッとする。
「ちゃんと見てなきゃダメですよ、お父さん」
青年がそう言って笑うと、ラースは顔をしかめた。
「お前――」
「じゃ、俺はこれで」
エメをラースに押し付けるように渡し、青年はそそくさとその場をあとにする。そこへニコライも来て、ラースとともに眉根を寄せてその背中を見送った。
「小隊長、あいつ……」
「ああ」
ラースが振り切るようにきびすを返す。エメの姿を認めらリカルドが。ほっと安堵に胸を撫で下ろした。
「ごめんよ、エメ。アランが手を離したばかりに」
エメはかぶりを振った。悪いのはアランではない。
噴水広場に行くと、ラースは辺りを見渡した。まだエミルとアランの姿はない。どこかを探し回っているのだろう。
「エミル!」
ラースが大声で呼び掛ける。周囲を歩いていた人々が目を丸くした。ややあって、アランの手を引きながらエミルが人混みを脱して来た。
「見つかりましたか」
「ああ」
エメの姿を認めて安心したのか、アランが泣きそうに顔を歪める。自責の念に駆られているのだろう。
「ごめんな、エメ……」
アランが力なく言うと、大丈夫、と言うようにエメは微笑んで首を振る。ラースはアランの肩に手をやった。
「悪いのはこちらです。エメに握力がないことを我々は把握しておかなければなりませんでした」
「…………」
「まあまあ」と、ニコライ。「無事に見つかったんスから。気を取り直して祭りを楽しみましょうよ」
アランは相変わらず泣きそうだったが、ニコライの明るい声に頷く。微笑みかけるエメに、明るく笑って見せた。
それからエメもアランも祭りを心行くまで楽しんだ。
リカルドとアランと別れる頃には、エメはうとうとし始めていた。はぐれてしまったこともあり、疲れたのだろう。
帰路についているあいだに、エメは眠ってしまった。
「……調査しますか?」
声を潜めてニコライが言った。その女装姿には似つかわしくない低い声だった。
「気取られるなよ」
「はい」




