17.この国に、祝福を
―――――……あれから、3年後。
私の国……、マクルーアはあの日から、四季豊かな国へと発展した。
春夏秋冬。 その気候がもたらすものは、私達の国をどんどん変えていった。
私自身も、呪いが解けたのと同時に冷え切っていた心が、殿下とルイ様のお陰でまるで雪解けのように解け、今では外交に顔を出したり、町へお忍びで出掛けたりもしている。
私の噂も、いつしか“呪われ姫”ではなく、“陽だまりの次期女王様”と呼ばれるようになった。 ……自分でも言うのも恥ずかしいけれど。
そう、私はこの三年の間で、マクルーア国初の女王へと即位することが決まったのだった。
女王に即位する準備に追われ、てんやわんやの毎日を送っているのだが、ふとあの日のことを思い出す。
“待っていてくれないか”。
そう彼と約束したあの日以来、彼の姿をあまり見かけていない。
話すことはなおのこと、殆ど彼とは顔すら合わせないのだ。
(つい彼が何処かにいるのではないかと探してしまう)
町へ出れば、彼に会えるのではないか。
お忍びで、彼もこの国へ遊びに来ているのではないか。
彼の国へと赴くこともあったのだが、どうしてかまだ会えていないのだ。
(エルマー殿下のお城を訪れたことはあったけれど、いつもすれ違うように居なかった)
……まさか、あの約束を忘れているのかしら。
それとも、嫌われたのかな。
なんて考えるたび、私は頭を左右に振る。
(……ううん、エルマー殿下は必ず迎えに来てくれると約束してくれた。
きっと彼も、城に戻って頑張っているはず。
なら私も、頑張らなくちゃ)
そう思って、日々を過ごすのだった。
☆
そして、ついに即位式を迎えることとなった。
白地に縁を金糸であしらわれたドレスを身にまとい、私は会場へと赴く。
(……殿下、何処かで見ていてくれたら良いな)
なんて、ここには居るはずのない殿下を思い、苦笑いする。
(駄目よ、今日は即位式なんだから、集中しないと)
そう自分に言い聞かせ、私は光り輝く会場へと足を運ぶ……―――
会場での即位式を済ませ、お披露目のためにまた違う衣装に着替えを、と言われ、私は部屋を移動し着替えを終えた時、コンコンとノックをする音が聞こえてきた。
従者かしら、そう首を傾げつつ、私がドアを開けば、そこにいたのは。
「……っ」
「ごめんね。 本当は、もう少し早く来られたら良かったけど……」
迎えに来たよ、ローラ姫。
そう3年前よりずっと、大人の男性になった彼をみて、私は思わず涙を零しそうになる。
「エルマー殿、下……!」
「本当に、遅くなってしまったね。 ごめんね」
私は言葉に出来なくて、代わりに頭を左右に振る。
ドレスやお化粧をしていなかったら抱きつけたのに、今それが出来ないのがもどかしくて。
だけど、こうして目の前にエルマー殿下がいるのが未だに信じられなくて。
「……本当に、本当に、エルマー殿下なの?」
私の言葉に、エルマー殿下は驚いたような顔をした後、やがてふっと微笑みを浮かべて「あぁ」と笑みを浮かべて言った。
「本当だよ、ローラ姫。
……俺だって、未だに君がこうして目の前にいることが信じられないけど。
……何度、何度この日を夢見てきたか。 なんて、俺が言える立場じゃないかもしれないけれど」
そう肩を竦めて言う殿下に、私は笑ってしまう。
私はその殿下の手を取ると、そっと撫でた。
「……温かい。 やっぱり、夢じゃないのね」
「! ……あぁ、夢じゃないよ。 ローラ姫」
そう殿下は言うと、私の髪を一房すくい、その髪に軽く口付けた。
「……見ているから。 君が女王として、国民の目の前に立つところを。 必ず、見ているから」
「! ……とっても、嬉しい……!」
私がそう言って笑えば、城や町中の鐘が鳴り響く。
それは、私のお披露目の会が始まる合図で。
「! わ、私行かなくちゃ!」
そう言いつつ、私の手は何故か、エルマー殿下の手から離れない。
「……あれ?」
気が付けば、私の手は震えていて。
エルマー殿下が離さないでいるわけではないのに、手が動かなかった。
「……ローラ」
「!」
急に名前を呼ばれ反射的に顔を上げた私に向かい、殿下は微笑んで言った。
「大丈夫、君はもうあの時とは違う。
胸を張って、自信を持って行っておいで。
俺はこの目で、君が女王になることを見届けるから。
……それが終わったら、ゆっくりと話をさせてくれないか。
あの“約束の場所”で」
「……!! えぇ、勿論」
そう言うと、殿下はまた、私の大好きなあの陽の光のような笑みを浮かべてくれる。
「行っておいで、ローラ」
その言葉に背中を押されながら、私は明るく太陽の光が照らし出す城のバルコニーへと、歩きだしのだった……
そして、私の紹介が終わると、私は視界いっぱいに広がる国土と国民を前に、演説を始めた。
「数年前、私は“呪われ姫”として、この城で静かに暮らしていました」
その最初の言葉に、民からどよめきの声が上がる。
私はそれを制すように次の言葉を述べた。
「私が外に出れば大雪が降る。
そんな“呪い”がかかっていると噂になり、私は城の外を出ることを一切せずに、皆さんの目の前に出ることはおろか、毎日を部屋の中で暮らしていました」
今度はどよめきは起こらず、しんと静まりかえっている。
(……大丈夫、怖くない)
私は少し息を吸ってからまた口を開いた。
「そんな生活をしていた私の目の前に、三年前、ある方が訪れました。
その方は、私と正反対のように優しくて、誠実で。 まるで太陽のように眩しくて、私は最初、その方を避けていました」
そう、今考えればエルマー殿下を避けていた理由は、エルマー殿下が眩しかったから。
明るくて優しくて、何処までも澄んだあの青の瞳に見つめられれば、私の考えていることなんて見透かされてしまいそうな、そんな気がして。
「だけど、それでもその方は、私に手を差し伸べてくれました」
“外の世界へようこそ、ローラ姫”
あの日のように、真っ直ぐと私に向かって差し出してくれたあの大きな手を、私は一生忘れない。
「……今の私があるのは、その方と前国王であるお父様、今は亡き前王妃であるお母様、それからここにいる全ての方々のお陰です。
本当に、有難うございます」
そう言って王族としては前例のない行動ではあるけれど、私は頭を下げて感謝の言葉を口にした。
(……どう、思われるかな)
こんな演説、聞いたことがない。
私もそう思う。
……けど、どうしてもこの場で感謝を伝えたかった。
自分の口で、私を温かく迎え入れてくれた、エルマー殿下、それからこの国の全ての人に。
怖くて顔を上げられなかった。
けれどその時、誰かが拍手をした。
え、と顔を上げれば、それはエルマー殿下で。
そんなエルマー殿下の拍手を皮切りに、人々の間にも拍手が広がっていく……
(っ、良かった……)
そう心から安堵したのも束の間、今度は不意に私の体の周りを金色の光が包み込む。
え、と私が驚いていたら、国民の中の誰かが呟いた。
「……これは、かつての守護獣さまの祝福……」
その言葉に今度は、わぁっと歓声が上がる。
「女王陛下、万歳!!」
その声が、城中に響き渡り、私は思わず涙を零す。
泣いちゃだめだ、と私は自分を奮い立たせ、そっと涙を拭うと、精一杯の笑みを浮かべて両手を広げて言った。
「マクルーア王国の新たな未来に、祝福を……!」
その言葉に再度、割れんばかりの拍手と喝采が、私を包み込んだのだった。




