16.約束の場所
「わぁ〜……」
「これは凄いな……」
私と殿下は、思わず感嘆の声を漏らす。
何処までも続く花畑と一本道。
遠くには私達のお城が見えた。
「……こんな光景、見たことがないわ……」
「俺も、初めてだよ。 雪景色も趣があって綺麗だったけど、まさかこんなに自然が豊かだったなんて」
殿下の言葉に、私も同意する。
話に聞いていたよりもずっと、素敵な光景が広がっていた。
「……本当に、本の世界の中に居るみたい」
「それに、あんなに城が近く見えたのも初めてだ」
「ふふ、本当ね」
幼い頃外に出ていたときのことを思い出し、懐かしいと同時に新鮮に感じながら、私達はお城に続く一本道を、手を繋いで歩く。
(本当、あまりにも綺麗でいつまで見ていても飽きない……)
「あ、あそこにある木って、もしかして……」
私は少し小高くなった丘の上にそびえ立つ木を指差す。
すると、殿下は朗らかに笑って言った。
「! あぁ、懐かしいな。
俺達の運命の場所」
そう、私が記憶の夢の中でも見た、私達が落ちた崖に立っていた木だった。
「……あの木はずっと、私達を見守っていたのね」
そうポツリと呟けば、殿下は笑って言う。
「あぁ、そうだね。 ……そうだ、あそこに少し行ってみないか?」
寄り道しよう、そう言った殿下に私も嬉しくなって頷くと、その木まで二人で競争するように走ってみたのだった。
☆
「わぁ……! やっぱり、見晴らしが綺麗ね!」
そう殿下に向かって言えば、殿下は嬉しそうに私を見る。
「……確かに、この光景を見れてとても嬉しいけど……、それより、君がこんなに笑顔になってくれてよかった」
「!」
そう言って私の頰を撫でる殿下。
「……く、擽ぐったいわ」
と恥ずかしくなって言えば、殿下はふふっと笑って言う。
「……何だかこうしていると、あの本を思い出すよ」
「? あの本って……、“君と約束の場所で”のこと?」
殿下は「あぁ」と言って頷くと、ふっと思い出したように口を開いた。
「そういえば、君はあの本は全て読んだ?」
「いえ、まだ時間がなくて途中までしか……」
私は折角貸してくれているのに申し訳なくてそう言えば、殿下は「いや、ゆっくり読んでくれれば良いよ」と慌てたように言うと、殿下は少し考えてから口を開いた。
「……ネタバレになってしまうかもしれないけれど、あの本の最後はハッピーエンドだということを、君は知っているだろう?」
「? えぇ」
私は殿下の言葉に頷くと、殿下は少し考えた後口を開いて……、「いや」と口を閉じた。
「やっぱり今はやめておこう」
「?」
そう笑っていう殿下に私は首を傾げれば、「気にしないで」とはぐらかされてしまう。
(? 何が言いたかったんだろ……)
と気になった私だったけれど、聞いても教えてはくれなさそうだと思い、別の話を振ることにした。
「そういえば私達、幼い頃もここで出会ったわよね?」
「! ……ふふっ、本当だね」
殿下は空を仰ぎ見、そして笑って言った。
「その点でも、ある意味“君と約束の場所で”に似ているね」
「! ふふ、本当だわ」
そこでふとその本の再会したシーンの文章を思い出す。
騎士が別れを選んだとしても、姫は忘れることが出来なかった。
だから別れを選んだ騎士に、姫は言った。
“例え貴方が私との別れを選んだとしても、私は諦めることは出来ない。
……もし貴方の心に、少しでも私の存在がいるとしたら、この場所に来て。
私は貴方を、待っているから”
その言葉を聞いた騎士は驚き、戸惑ったような顔をしたものの、やがて微笑みを浮かべて口を開いたのだった……。
そして残された姫は言葉通り、隣国に帰ってしまった騎士を待ち続けた。
“この場所に君を迎えに来る”
そう約束してくれた騎士の言葉を信じ、姫はそこへ毎日通うようになる。
騎士と出会った春。 色々な場所へ共に向かった夏。 城の中で様々なことを語り合った秋。 そして、姫の元を去り別れを選んだ冬……。
幾度も月日は流れても、彼女は諦めなかった。
騎士は必ず来てくれると、そう信じて。
(そこまでしかまだ読めていないけれど……、それまでの姫の気持ちが、痛いほど分かる気がする)
私と同じように、姫は城から出ることはあまりなかった。 外は危険な場所だと教えられていたから。
けれど、騎士と出会って彼女は、外は危険な場所より素敵な場所の方が沢山あることを知った。
又、騎士のお陰で広い外の世界を知ることが出来た。
“外の世界へようこそ、ローラ姫”
そう殿下が青空の下で私に笑いかけてくれたあの言葉も、光景も、一生忘れない。
「……ローラ姫」
「?」
エルマー殿下にそう呼ばれ顔を上げれば、私をじっと見つめていた。
「……殿下?」
固まったように動かない殿下を不思議に思って、逆に名を呼べばゆっくりと口を開いた。
「……城に戻ったら、暫くは君も俺も大変な日々を送ることになると思う」
「ふふ、そうね。 この国が急に四季豊かになってしまったんだもの」
そう笑って言えば、殿下も笑みをこぼす。
そして、私の頰に手を添えて言った。
「……俺も、忙しくなってしまうかもしれない。
君を、本の中のお姫様のように待たせてしまうかも」
「!」
(待たせてしまうって……、それは、私を……)
「……迎えに、来てくれるの?」
「!」
そう小さく尋ねれば、殿下はふっと笑みを浮かべ、迷いなく頷いた。
「あぁ」
だから、と殿下は私を見つめ、言葉を紡ぐ。
「それまで、待っていてくれないか」
「!」
(そんなの……)
私は少し心配げに揺れる殿下の瞳を見て笑うと、そんな殿下の頰に手を伸ばして言った。
「えぇ、勿論……! 貴方が迎えに来てくれるのを、待っているわ。
“この場所”で、貴方が来るのをずっと……! っ、ん」
私が返事をし終わらないうちに、殿下の顔がいつの間にか近くにあって……、そのまま唇が重なる。
甘く甘く、蕩けるようなそれに、私は身も心も委ねたのだった。
(……貴方が来るのをずっと、待っているから)
だから必ず、私を迎えに来て。
そう殿下に心の中で訴えかけたのと同時に、まるで私達を見守るかのように、幼い頃の記憶より大きくなった木が、風に吹かれて木の葉を揺らしたのだった。




