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DISAST  作者: 壱
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第5診『時代』

「きっと、番さんはこう仰っていませんでしたか?」


 レーアは一拍置き、確かめるように続けた。


「——ココノツを見つけた、と」


 その言葉を聞いた瞬間、長江(おさえ)は驚きに目を見開いた。


「はい。まさしく、そのように仰っておりました」


「そうか……やっと……」


 レーアは徐(おもむ)ろに腰を上げ、窓辺へ歩み寄った。二人に背を向けると、まるでこの場にいない番へ語りかけるように静かに言葉を続ける。


「まさか、君の方が先に見つけるとは。君の行動力にはいつも驚かされますよ……」


レーアは乾いた笑いを零すと、一体どこで、どうやって見つけたのだろうかとしばらく呟き続けた。

 やがて何かに思い至ったのか、ふと二人のほうへ振り返る。しばし迷うような間を置いた後、意を決したように静かに告げる。


「そろそろ、貴方達にも教えていい頃合いかもしれませんね」


「先生! やっと教えてくれるんですか!」


 レイナは期待に目を輝かせ、弾かれたようにソファから立ち上がった。

 レーアは彼女をなだめるように片手を上げると、長江へ向き直る。


「長江さん。番さんは貴女(あなた)にも先ほどの言葉の意味までは伝えていないのでしょう?」


「はい。『ココノツを見つけた』とだけレーア様にお伝えするようにと仰っておりました」


「全く……自分の口から説明してあげればいいものを……」


 腰を据えて話すつもりなのか、レーアはゆっくりと元の席へ戻った。

 深い溜息を吐(つ)くと口元の包帯をわずかにずらし、茶を一口含む。湯呑みを静かにテーブルへ戻してから、ようやく語り始めた。


「長江さん、9.9.9(ココノツ)事件を覚えていますか? レイナさんは恐らく初めて耳にする話でしょう」


「はい。私にとっては忘れようにも忘れられない記憶です。20年前に発生した、後にも先にも類を見ないほど大規模なテロ事件——そのことですね」


 長江の声は冷静だった。しかし、湯呑みに添えた手はかすかに震えている。

 話の腰を折らぬようにその手をそっと机の下へ引き戻した。


「ええ。あれは本当に恐ろしい事件でした。実際、私の顔がこうなった原因でもあります」


 レーアは包帯に覆われた顔へ、そっと手を添えた。


「もっとも、そのあたりの話まで始めると長くなってしまいますので、続きはまたの機会にさせていただきます……」


 そう言って顔から手を下ろすと、レーアは包帯に覆われた両手を机上で静かに組んだ。

 その声からは先ほどまでの柔らかさが薄れ、代わりに静かな重みが感じられた。


「さて、本題に戻りましょう。あの事件は世界各地で同時に発生しました」


 レーアはわずかに俯き、過去を辿るように言葉を続ける。


「世界各国は首謀者が存在するのか、事件はなぜ起きたのかを突き止めようと調査に調査を重ねました。しかし、到頭(とうとう)その真相を掴めぬまま、調査は終わりを迎えたのです……」


そこまで語ったところで、レーアは膝の上で組んでいた両手を解き、片方をテーブルへ置いた。その手は微かに震えていた。


心做(こころな)しか、包帯に覆われて表情など読み取れるはずもないその顔が、その場に居る者達には苦悶に歪んでいるように見えた。


「先生……?」


 レイナは躊躇いながらも手を伸ばし、レーアの肩へそっと触れた。


 これほど苦しげなレーアを見るのは初めてだった。何かできないかと考えてはみるものの、どうすればよいのか分からない。

 結局、レイナはその肩に触れたまま、不安げに彼の様子を窺(うかが)うことしかできなかった。


——ガンッ!


 あまりにも唐突な出来事だった。

 鈍い音とともにテーブルが大きく揺れ、二つの湯呑みがかたかたと音を立てた。中の茶は縁近くまで波打ったものの、湯呑みはかろうじて倒れずに済んだ。

 長江とレイナの視線が、音のした一点へと集まる。

 そこには、テーブルへ叩き付けられたレーアの左拳があった。包帯越しにも分かるほど固く握り締められ、微かに震えていた。


「——それで『ちゃんちゃん』ではあるまいに……! 私はそれが我慢ならなかった……!」


 積年の想いが、堰(せき)を切って溢れ出した瞬間だったのかもしれない。

 その声は怒りとも悲しみともつかず、激しく震えていた。言葉を吐き出した後も尚、レーアは拳にさらに力を込めていく。

 やがて、その圧に耐えかねたテーブルが小さく軋んだ。


「それでは私の患者は! 仲間は! 彼等の御遺族はァ! 一体、どれほど辛い想いをしたと思って……ッ」


 その先に続くはずの言葉は、込み上げた感情に押し潰され、喉の奥で震えるばかりだった。レーアは苦しげに息を詰まらせる


「何故、私は彼等を救えなかったのだ! 救えたはずだ……! 実に私は——」


 その言葉を最後まで紡ぐより先に、肩に触れていたレイナの手が、テーブルの上で固く握られたレーアの拳へそっと重ねられた。

 その温もりに、レーアの肩が僅かに揺れる。

 ハッと我に返ったように拳から少しずつ力を抜くと、昂った感情を鎮めるように大きく深呼吸した。


レーアはゆっくりと拳を開き、その上に重ねられたレイナの手を一度だけ握り返した。それから長江へ向き直り、静かに頭を下げる。


「すみません。取り乱しました……」


「いえ。レーア様にもそれほどまでの過去がおありなのだとお見受けしました」


「痛み入ります。自ら話を逸らしておきながら恐縮ですが、改めて本題へ戻らせていただきます」


その後、レーアは先ほどまでの激情が嘘のように、至極冷静な口調で説明を続けた。

 事件の結末が我慢ならず、独自に調査を続けてきたこと。

 その過程で塙原が仲間に加わったこと。

 そして現時点で最も新しく仲間へ引き入れた人物がレイナであること。

 途中で話が脱線し、ラーメンの好みはレーアが醤油、レイナが塩、長江が味噌であることまで判明した。


「社長にそのような過去があったとは、思いもしませんでした。あ、ラーメンの好みについては別途確認しておきます」


「彼は……何と言いますか、傲慢さ故(ゆえ)の善意で手を貸してくれているようにも思えますが、実に頼もしい仲間ですよ。あ、お願いします」


 いつの間にか座り直していたレイナが、再び勢いよく立ち上がる。


「先生! 仲間とか言っときながら、なんでそんな大切なこと隠してたんですか! あと、多分あのおじさんは家系ラーメンが好きだと思う!」


 捲し立てるレイナに、レーアは気圧されたように僅かに身を引いた。

 それから彼女を宥めるように、両手をゆっくりと持ち上げる。


「すみません、レイナさん。この調査は極秘でしたので、情報の流出を防ぐために共有する相手を必要最小限に留めていたのです……」


「先生は私のことを愛してるって言ったじゃないですか!」


「それは貴女(あなた)がいつも仰っていることでしょう!?」

 

 レーアを寡黙な人物だと思っていた長江は、予想外にコミカルな返しを見せる彼に、思わず笑みを零す。

 しかし、今は真面目な話の最中である。脱線しかけた二人を本題へ呼び戻すように、長江は軽く右手を上げてみせた。

 

「一つ、私の推測を申し上げてもよろしいでしょうか?」


「……ええ、どうぞ」


「先程の『ココノツを見つけた』というお言葉ですが——これはつまり、9.9.9(ココノツ)事件の首謀者を見つけた、という意味でよろしいでしょうか?」


 レーアはすぐには答えることなく、暫く長江を見つめた。やがて、その推測を肯定するように静かに頷いた。


「番さんが9.9.9(ココノツ)事件からの復興を目的として財団を立ち上げたことは広く知られています。しかし、実のところ、その目的は復興だけではありませんでした」


「事件の首謀者、裏で糸を引く者、或いは黒幕——呼び方は何であれ、どうかその存在を突き止めてほしいと、私から頭を下げてお願いしたのです」


「それで、その時の返事は……やはり?」


 長江が僅かに首を傾げると、レーアは当時を思い返すように一拍置き、可笑しそうに肩を揺らした。


「ええ。胸を張って、『俺なら出来る!』と言っていましたよ」


「社長らしいですね」


 その姿が容易に想像できたのだろう。

 長江は手元の湯呑みに視線を落とすと、どこか嬉しそうに口元を緩めた。


「では、長江さん。番さんが貴女にその言葉を託したということは、近々こちらへいらっしゃるのでしょうか?」


「はい。明後日の午前中に伺うと——」


 ——ドゴォンッ!!


 長江の言葉を断ち切るように耳を劈く轟音が響き渡った。診療所全体が大きく揺れ、卓上の湯呑みが激しく音を立てる。


「何事ですか!?」


 長江は咄嗟に腰を浮かせ、レイナはレーアの袖を掴んだ。

 一方のレーアは天井からぱらぱらと落ちる埃を見上げ、心底うんざりしたように深い溜息を吐く。


「はぁ……やはり、いい日は終了のようですね」

発現事象統制機構《E.G.O.》

【公開調査記録 No.005】


-登録名称:9.9.9事件

-発生年:1999年

-公開区分:一般


20年前に発生した、史上最大規模の異能事件。

広範囲にわたって甚大な被害をもたらし、多数の死傷者および行方不明者を出した。都市機能を失った地域も多く、その一部は現在もゴーストタウンとして残されている。

本事件を契機として、各国では発現者への対応制度と異能犯罪対策が大幅に見直された。また、医療・警備・復興支援を担うTEO財団が設立される直接的な契機にもなった。

当時の記録には欠損や矛盾が多く、正確な被害規模や事件の全容については、現在も調査が続けられている。

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― 新着の感想 ―
レーア先生がここまで感情を露わにするとは思わず、一気に引き込まれました。 「救えたはずだ」という後悔が、今の彼の生き方に繋がっているんですね。 そして「ココノツを見つけた」の意味まで判明して、一気に…
未解決のテロと、包帯の下に隠されたレーア先生の苦痛、そして「患者や仲間を救えなかった」という後悔から拳を叩きつけるお話に胸にぐっとくるものを感じました。 そんな重厚で切ないお話なのに、突然挟まれるラ…
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