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DISAST  作者: 壱
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第12診『美学』

 パラパラと降りかかるブロック塀の破片を振り払い、カーマインは瓦礫へ片手を突いて身体を起こす。


 そのまま脅威(きょうだい)から距離を取ろうと一歩踏み出すが、右脚が体重を支えきれず、膝から大きく崩れ落ちる。

 膝は本来とは反対側へひしゃげ、内部では骨がメキメキと噛み合おうと試みている。しかし、まるで身体そのものが治ることを拒んでいるかのように戻らない。


「何じっとしてんだ? ガムでも踏んだか? 取ってやってもいいんだぜェ?」


「ヴァプ兄! アイツ、こんな状況でガム踏んデンの?! ダッサ!」


「黙ってろ、愚弟(マヌケ)」


 ヴァプルがゆっくりと距離を詰めていく。その一歩後ろを、フリチルも重い足音を響かせながら進み始める。


 だが、カーマインの脚はまだ治らない。

 膝の内側で骨が蠢くたび、爪先が力なく地面を掻く。両手で身体を後ろへ押し退けようにも、背中はすぐに崩れたブロック塀へ突き当たった。


『死? この俺が? そんな馬鹿な! 逃走? 無理! 戦う? この状態で? 完治まで? あと20秒? 待てない!』


 行き場のない思考が次々と溢れ出し、カーマインの頭蓋を内側から埋め尽くしていく。


「よォ、盆暗(ボンクラ)。やっぱり運が悪かったようだなァ?」


「ハッ!」


 カーマインの瞳が、ようやく目の前の光景に焦点を結ぶ。

 視線は一度も外していなかった。それでも、脳内を駆け回る無数の思考が、視界と認識の間を塞いでいた。

 気づいた時には歩み寄る死がすぐ目の前まで迫っていた。


「チェックメイトだな、イケメン野郎」


「このブサイク野郎が────────」


 次の瞬間、伸びた巨大な影がカーマインの身体も言葉も丸ごと覆い隠し、頭上高く構えられていた両拳が一気に振り下ろされた。


 ドゴオォォォオンッッッ!!!


 杭を打ち込む鉄槌の如く、フリチルの両拳がカーマインの頭蓋へ真正面から叩き込まれる。


 衝撃で足元の瓦礫が弾け飛び、その破片は遥か上空へと姿を消した。遅れて噴き上がった砂煙が辺り一帯を覆い尽くす。


 やがて砂煙が薄れ、景色が落ち着きを取り戻す。

 

 そこに残されていたカーマインの身体は、アコーディオンのように上から幾重にも折り畳まれていた。

 首は跡形もなく胴体へ沈み込み、頭部は胸郭を押し潰しながら腰元まで深々とめり込んでいる。

 もともと反対側へひしゃげていた両脚も衝撃に耐えきれず、膝と足首の境目すら分からないほど歪に押し潰されていた。


「いくら回復出来ようが、頭が潰れりゃどうしようもねぇわな! にしてもフリチル! テメェのパワーは、いつ見てもとんでもねぇな! 見ていて惚れ惚れするぜェ!」


「俺のパワーは世界一ィ!」


 地面と一体になったカーマインを足元に、兄弟は揃って天に向かって高らかな笑い声を響き渡らせた。






 


「——そういえばよォ、あの小娘はどうしたんだ?」


「ほらっ、アれ!」


 フリチルが指さす先には、酷く汚れた鉈をまるで宝物でも抱くように胸元へ抱え込む少女の姿があった。


 当たり前だが、鉈の扱いなど知る由もない。

 両腕は柄ごと胸元に固まり、力の入りすぎた指先は白く染まっている。


 ガン開きになった目だけが、右へ、左へ。助けを求めるように兄弟の間を忙しなく行き来していた。


「あぁ〜、道理で素手だったわけだな、テメェ。おい、フリチル。頭貸せ」


「ナニ? ヴァプ兄?」


 フリチルが素直に頭を下げる。

 

 ヴァプルは握った拳へハーッと息を吹きかけると、その頭を目掛けて大きく振り被った。


 ゴチンッ!


「い゛っ゛て゛ッ!!!」


 フリチルは両手で頭を抱えながらその場に蹲る。しかし、殴られた箇所には赤み一つ浮かんでいない。


「痛(いて)ぇじゃねぇ! このバカ野郎! あんなもん持たせたら余計怯えるに決まってんだろうが!」


 怒鳴り声に少女の肩が大きく跳ね、胸元に抱えた鉈がカタリと小さく鳴った。


 ヴァプルが改めて少女へ目を向ける。

 

 鉈を胸元へ押しつける細い両腕は、止まることなく小刻みに震えていた。柄へ食い込んだ指先を視界に捉える否や、ヴァプルは眉尻をわずかに下げると小さく息を吐いた。


「嬢ちゃん、ごめんなァ。あの愚弟(バカ)が、嬢ちゃんのこと脅かしちまってよォ……。別に俺たちゃ、アンタを取って食おうって訳じゃねぇんだ。たぶん、その鉈もアンタのために、あの愚弟(バカ)が渡したもんだと思うしよ?」


 いつものように片方だけ吊り上がる口元は、今だけは左右ともに浅い弧を描いていた。

 そして、無理に距離を詰めることもなく、少し離れた場所から気の抜けた声音で語り掛ける。


 少女の視線が、床からヴァプルの靴先からゆっくりと顔まで昇っていく。

 初めて二人の視線が合った時、鉈の柄へ食い込んでいた指先からほんのわずかに力が抜けていた。


「なァ、落ち着いてからでいいんだけどよォ? 嬢ちゃんのご両親はどこだ? 大事な大事な娘を護ってやったんだ。そこそこ貰わなきゃなァ」


「わ、わかっ……分かんないの……パパもママも、お仕事で……私(アタシ)、るすっ……留守番で……」


 見開かれた目に薄い水の膜が張り、瞬き一つする度に大粒の雫が頬を伝う。それでも汚れた鉈を胸に抱いたまま、一筋の希望に固く結ばれていた唇がふるりと解ける。


「なァ、嬢ちゃん。こっち見ろ」


 少女は何も言わず、涙に濡れた顔をゆっくりと持ち上げる。

 その視線がヴァプルの顔へ届くより先に、シュッ——と薄紅色の何かが前から滑り込んできた。


 目の前に差し出されたのは、一輪の小さな花だった。


 五枚の繊細な花弁は、上質な和紙で作られた小さなランプシェードのように柔らかな光を透かしている。


 少女がその花を目で追う内に、浅く刻まれていた呼吸が少しずつ長くなってゆく。鉈の柄を締めつけていた指も、いつの間にか緩んでいた。


「じゃんじゃじゃ〜ん。コイツはムラサキカタバミってんだ。嬢ちゃん、知ってっか?」


 少女は花から目を離さないまま、首を横に振った。


「コイツの花言葉は『喜び』でな。今の嬢ちゃんに足りねぇもんだと思わねぇか?」


 少女が一度だけ瞬きをする。その視線が薄紅色の花とヴァプルの顔との間を行ったり来たりを繰り返す。


 対するヴァプルは摘まんだ花をくるりと回し、少女へもう少しだけ差し出した。


「ほら、そんな物騒なもん持ってねぇで、コイツと交換しようや」


 少女は鉈を抱えていた腕をゆっくり解くと、重みに引かれた刃先がぐらりと傾かせながらも、震える両手で徐ろに鉈を差し出した。

 ヴァプルがそれを受け取るのと入れ替わりに、少女の細い指が淡い緑色の葉柄(ようへい)をそっと摘まんだ。


 交換成立とばかりに、ヴァプルの片方の口角がいつもの位置まで吊り上がる。

 その視線が一瞬だけフリチルへ流れた。直後、手首一つで放られた鉈を、フリチルの太い手が危なげなく受け止めた。


 フリチルは鉈を腰へ戻すと、怒られた子犬のような顔で膝を折りながら一歩ずつ少女へ近づいていく。


 巨体が迫る度に少女の肩が僅かに持ち上がり、薄紅色の花も胸元へ引き寄せられた。


 それでも、その足が後ろへ下がることはなかった。


「さっき、ゴメンなァ脅かシテ……。あの男、ぶち殺ソウとしタだけナンだァ……」


 少女の唇から、フッと空気の抜けるような音が漏れる。


「……ふっ、えへへ。ありがとう、大きなおじさん」


 その一言に、縮められていたフリチルの背がむくりと伸び、頬をいっぱいに持ち上げながら大きな口をニパーッと横へ広げる。


 少女もその笑顔に釣られて自然と笑みを返していた。もっとも、やはりフリチルの笑顔が怖すぎたのか、その口角は左右ばらばらに震え、花を摘まむ指にも再び少しだけ力が入っていた。


「ンじゃ、嬢ちゃん。また会わねぇことを祈るが────もし会っちまったら、今度こそふんだくってやっからな! 覚悟しとけよ!」


 言い終えるや否や兄弟(ふたり)の姿がぶれる。

 少女が次に瞬きをした時には、もうその姿はどこにも無く、遅れて吹き抜けた風だけが水色の寝間着と手の中のムラサキカタバミをそっと揺らしていた。







 ──少女の家から幾つもの通りを越えた先。


 人気のない住宅の屋根を並んで歩きながら、フリチルが隣へ顔を向ける。


「なァ——ヴァプ兄」


「どうした、フリチル。友達でも増やしたかったか?」


「それもあルけどヨォ、ナァんで何も盗んナかったンだぁ?」


 ヴァプルは直ぐには答えず、肩越しに背後を振り返った。

 少女の家は既に屋根の群れへ紛れ、最早どれだか見分けもつかない。


「フリチル。自分(テメェ)の為に動く。そりゃあ良いことだ。そうだろ?」


「オォッ! 良いこと! 大事なこと!」


「だがな。俺達盗賊にだって、やっちゃいけねぇことってもんがある。何だか分かるか?」


 フリチルは腕を組み、眉間へ深い皺を寄せた。


「ウゥ〜ン……」


 足元の瓦を一枚、二枚と踏み越えても答えは出ない。最後には、大きな頭が左右へぶんぶんと振られた。


「いいか、よく覚えておけ。俺たちゃ盗賊だ。だがよ、奪うなら奪われても『立ち上がれる奴』からじゃねぇとならねぇ。一筋の希望すらも奪うのは『悪党』じゃねぇ。ただの『外道』だ。分かったか? 兄弟。」


「分かっタヨ、兄ちゃん」


 大きな頭が、今度は深く縦に振られる。その足元で、屋根瓦がミシリと鳴った。




「悪党のくせに、随分と良い話してるねぇ……」


 間延びした声が、兄弟の進む先から降ってきた。


 二人の足が同時に止まる。

 

 一陣の風が屋根の上を吹き抜け、砂埃をさらっていく。

 数軒先の一段高い棟。その頂に、深緑色の髪をした青年が立っていた。


 両手をポケットへ突っ込み、気の抜けた姿勢で兄弟の行く手を塞いでいる。風に煽られた上着の隙間から獅子の紋章がちらりと覗く。


「──けどぉ、悪党は悪党だよねぇ?」

《PSYCHO RECORD》


氏名:途中(みちなか) 端半(はした)

年齢:25

性別:M

身長:162cm

体重:測定日になると腹痛を訴えるためNO DATA

所属:TEO財団特務部隊

発現分類:抑制型

根源感情:怠惰

固有異能:願わくば君と(メメントモリ)

《接触したものを固定する》

身体所見:深緑色の縮れた髪/糸目/そばかす/慢性的な着崩れ

精神所見:著しい意欲低下および怠慢傾向あり。ただし、特定の敵性対象に対しては極端な攻撃性を示す

脅威度:★★★★☆


特記事項:


・TEO財団特務部隊の副隊長。個人の戦闘能力に限れば部隊随一であり、現時点で彼の右に出る隊員は確認されていない。


・土砂、岩石、鉱石などの操作を得意とする。普段の緩慢な挙動とは対照的に、戦闘時の判断および異能操作は極めて迅速かつ精密。


・個人戦闘能力は非常に高い一方、部隊を率いる統率力には著しく欠ける。長江隊長の不在中、隊員の勤務態度が急速に悪化した事例との関連が疑われている。


・長江隊長とは日常的に衝突しており、水弾による制裁を受けた回数は記録の上限を超過している。


・携帯型ゲーム機「Shift」を勤務中にも常備。複数回にわたる没収処分を受けているが、現在も改善は見られない。


・好物はパッキンアイス

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