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DISAST  作者: 壱
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第10診『悪党』

「また殺(や)っちまったのかァ? フリチル」


 階段下に現れた小柄な男が、呆れたように巨漢へ声を掛ける。


「ごめんヨォ……ヴァプ兄ィ……我慢でキなくテェ……」


 フリチルという名を耳にすると、巨漢はゆっくりと振り返った。


 その手には古びた鉈が力強く握られている。刃先には落ちることを忘れた油汚れのように、赤黒い血がべっとりとこびりついていた。


 巨漢の足元には、水色の寝間着を着た少女が倒れている。

見開かれた目だけが虚空を捉えていた。股下から滲んだ生温い液体が床板の溝を伝い、赤黒い血と混ざり合っていく。


「アガッ……アガガ……」


 階段の上から濁った呻き声が落ちてくる。


 そこには、顔を左右に割られた男が倒れていた。

 裂け目から赤黒い肉を覗かせながら、指先で必死に床板を掻いている。だが、その身体は潰された虫のように、微かな痙攣を繰り返すばかりだった。


 フリチルが嬉々として振り返る。


「ヴァプ兄ィ! コイツ、まだ息アルォ!!!」


「馬鹿野郎! ンなことどうでもいいんだよ! 下見ろ、下ァ!」


「ア゛ッ! 可愛(がわ゛い゛)い子(ご)がぁ!!!」


 フリチルの肩が跳ねた。


 足元に倒れた少女を見下ろした途端、空いた手を宙でわたわたと泳がせ始める。助け起こそうにも、血塗れの鉈を握ったままではどうすることもできず、巨体ばかりが右へ左へと揺れていた。


 その有様を見上げ、ヴァプルは腹の底から深い溜息を吐く。


「テメェがンな近くまで寄ったら、安心させようにも気絶するに決まってんだろうが! この愚弟(スカタン)!」


 ヴァプルはフリチルのもとまで歩み寄ると、その腰を片手で軽く押した。


「退いてろ」


 フリチルは抵抗することなく、巨大な身体を縮こまらせながら脇へ退く。


 ヴァプルは少女の傍らにしゃがみ込み、その頬をぺちぺちと叩く。しかし、瞼はおろか睫毛(まつげ)一本動かない。


「あ〜ぁ……こりゃ完全に伸びちまってんなァ。何してくれてんだよ、この愚弟(バカ)!」


「ゴメンよ、ヴァプ兄ィ!!!」


 もう一度、大きな溜息を吐く。


 やがて持ち上がったヴァプルの眼光が、フリチルの顔を真っ向から貫いた。


「前から思ってたんだがよォ、テメェはいっつも一人でガンガン進みすぎなんだよ、このド阿呆ッ! 俺たちゃ世紀の大盗賊、『ヴァプル&フリチル兄弟』だぞッ! 先に入ってく空き巣見掛けたからって、焦ってこんなしょぼくれた民家に突っ込んでく奴が何処に居んだよ! この単細胞ッ!」


「ゴメンってバ! 怒らなイでよ、ヴァプ兄ィ……!」


 先ほどまで少女を覆い隠していた巨体が、いつしか部屋の端で小さな球体のように縮こまっている。

 その姿を横目にヴァプルはさらに眉間の皺を深め、片手で頭をガシガシと掻き毟った。


 ペキッ……メキッ……。


 ほんの一瞬だった。


 骨を無理やり継ぎ直すような乾いた音が、階段から響く。


 二人がそちらへ目を向けた時には、先ほどまで潰れた虫のように痙攣していた男が、少女の身体を背後からがっしりと抱え込んでいた。

 少女の細い両脚が床から浮き、力の抜けた爪先だけが頼りなく揺れている。


「ははァ〜ん。テメェ、『色欲』だなァ? 回復持ちだもんなァ?」


「ご……めい、と……ご名答……だ……」


 ペキ、ペキ、と音を立てながら、少女を抱えた男の身体が組み直されていく。

 あらぬ方向へ折れ曲がっていた腕は人間として見慣れた角度へ。陥没していた顔面も内側から押し返されるように元の形を取り戻していく。


 最後に、ずれていた顎がガキンッと噛み合った。


「どーだっ? この私のご尊顔はッ!」


「ハッ! さっきのほうがよっぽどハンサムだったぜ? 害虫野郎」


 男は少女を片腕で抱えたまま、空いた手で元に戻ったばかりの顔を撫で回す。

 鼻筋、頬、顎、骨の収まりを確かめるように指を這わせ、最後に口角をぐいと持ち上げた。

 やがてその指先がヴァプルへ向く。細められた両目が、小柄な身体を頭の先から爪先までゆっくりと往復した。


「ハンサムってことは認めてくれるんだ? かく言う君はどうも醜い見た目をしているね? 神というものは時になんてナンセンスなものを創り出してしまうのだろう……」


「そぉだろぉ? 俺の身体はどうやら左手で描かれちまったようだが、神に創られたことに間違いは無ぇ……。この身長も、変になげぇ鼻も、不揃いの歯もよぉ……ぜぇんぶ俺のもんだっ! 羨ましいだろぉ?!」


 ヴァプルは、ケラケラと不気味に笑い飛ばす。


「そもそも容姿云々でトークバトルしようって時点で、貰ったもんに喜べてねぇって認めてるようなもんじゃねぇか! テメェは悪党としてもダメダメなんだよ、この三下ァ!」


「本当に、減らず口の絶えない奴だな……!」


 暫し眉を顰めるものの、忽ち不敵な笑みを浮かべ始める。

 赤眼の男のこめかみに、ぴしりと青筋が浮かび上がる。少女を抱える腕に力を込めると、その頬へ顔を近づけた。


しるっ……。


 伸びた舌が少女の頬をひと撫ですると、湿った跡だけを残して引っ込んでいく。

 続けて、空いていた左手を懐へ差し入れ、一本のナイフを抜き取る。刃先が少女の顔のすぐ横で鈍い光を返す。


 男は刃の腹で少女の頬をぺちぺちと軽く叩いた。睫毛一本動かないのを確かめると、その刃先を白い首筋へ滑らせる。


「俺は『ROSE』の幹部、カーマイン……。『ROSE』一美しい男だ」


「ROSE……? あぁ、あの快楽殺人を繰り返してる変態集団か……。道理で気持ち悪ぃわけだ」


 ヴァプルの口元から、先ほどまでの笑みが消える。


「ヴァプ兄ィ、アイツ敵?」


 部屋の端で縮こまっていたフリチルが、むくりと起き上がった。巨体が伸びるにつれて床板がミシ、ミシ、と悲鳴を上げる。

 だが、その瞳はカーマインとヴァプルの間を何度も意味もなく往復していた。


「おぉ、ようやくメンタル戻ったか愚弟(ウスノロ)。敵も敵、大敵だ! 根本的な思想が合わねぇ野郎だよ。だが『待て』だフリチル。今回は部外者(ひとじち)がいる。兄弟の掟を忘れたわけじゃぁねぇよな?」

 

「アぁ……殺すノ、悪党だけ!」


「あぁ、そうだ。あの小娘は悪党じゃねぇ……」


 ヴァプルはフリチルを見上げると、片方の口角をにっと持ち上げた。


「随分と崇高な考えをお持ちで」


 カーマインは少女の首筋へ押し当てていたナイフにほんのわずか力を加える。

 白い皮膚に一本の赤い線が走り、膨らんだ血の珠が首筋をゆっくりと伝っていった。


 ヴァプルの爪先がぴたりと止まる。

 それを見届けたカーマインは、二人から目を離さぬまま、少女を抱えて階段を後ろ向きに上り始めた。


 一段。また一段。


 急ぐ素振りは見せず、刃先を少女の首元へ添えたまま、ゆっくりと距離を広げていく。


『あと少し。あと少し時間さえ稼げれば、身体は万全に戻る。そうなれば、あとは一人ずつ片づけるだけ。逃げているわけではない。相手の力が未知数なだけだ』


 カーマインはその言葉を踏みしめるように、もう一段、階段を上がっていく。


「なァ、カーマイン。テメェは欲しいもんがある時よォ、どーするよ?」


 次の段を探っていたカーマインの踵がぴたりと動きを止める。

 少女を抱えた姿勢のまま、視線だけをヴァプルへ落とした。二度、三度と瞬きを繰り返し、片方の眉がわずかに持ち上がる。


「はて、なぜ突然そんなことを?」


 ヴァプルの片方の口角が、得意げにゆっくりと吊り上がってゆく。

 次の瞬間、両腕を左右へ大きく広げたかと思えば「バッ」と天井へ両手を掲げ、ケタケタと甲高い笑い声が狭い廊下を何度も何度も跳ね返る。


「どーするかっつってんだよ! 質問を質問で返すんじゃねぇよ、シャバ脳がよぉ! テメェの脳にはシワがねぇのかァ?!」


 ビシッとカーマインを指差したかと思えば、今度は腹を抱え、身体をくの字に折って笑い始めた。


 壁を縦横無尽に跳ね返るヴァプルの声が、絶え間なくカーマインの耳へ飛び込んでくる。


 やがてそれは、頭蓋の内側で直接反響しているかのように鳴り始め、こめかみが一度、二度と脈打つ度にナイフを握る指へ力が籠もっていく。


「おい! お前のその笑い方、どうにかならないのか! 鬱陶しくて仕方ないんだよ!」


「さもなきゃどうするってぇ? えェ? 答えてみろよ、三下ァ!」


「さもなきゃ——」

「「この娘の喉を掻っ切って殺す!」?」


 声を重ねられた瞬間、「なっ——!」という声と共にカーマインの両目が大きく見開かれた。

 

「ほんっと、つまらねぇセリフばっか吐き捨てやがるなぁテメェ」


「このっ、クソッ…!」


 急いで少女にナイフを刺し込もうとする。しかし、それ以上に驚愕せざる負えない事態がカーマインの元に発生していた。


 少女がいない。


 何もない空間を抱き締めている。首筋へ添えていたナイフも虚しく宙を切る。

 

 階段の上。踊り場。廊下の奥。

 カーマインの視線が少女の姿を追って激しく駆け回る。


 その間もヴァプルの笑い声は頭蓋の内側を跳ね回る。


「黙れッ!」と叫びながらカーマインがヴァプルへ顔を戻す。

 その瞬間、そこでようやくその視線が止まる。


 少女はヴァプルの腕の中で眠っていた。


「ったく、俺は欲しいもん以外はこの胸に飛び込ませねぇ主義なんだがなァ。仕方ねぇ。フリチル! テメェが持ってろ!」


 ヴァプルはカーマインから一度も目を離すことなく、少女をフリチルへ軽々と放り投げた。


「了解ッ!ヴァプ兄ッ!」


 慌てて伸びた太い両腕が、少女の身体を危なげなく受け止める。


 その間も、ヴァプルの視線は微塵もぶれることなくカーマインを捉え続けていた。片方の口角だけが、再びゆっくりと吊り上がっていく。


「俺は『強欲』。俺の異能は、この俺より優れてると思ったもんを瞬時に獲得できる——『醜き我に乾杯(ヘルメス)』!」


 ヴァプルは目をかっぴらき、ギザギザに並んだ歯を剥き出しにする。そのすべてを見せつけるように、カーマインへ向かってこれ以上ないほど盛大に笑い飛ばした。


「嗚呼ッ、良かったぜ! 神が俺を左手で描いてくれてよぉ!!!」

《PSYCHO RECORD》


氏名:長江(おさえ) 成美(なるみ)

年齢:33歳

性別:F

身長:164cm

体重:頭ナイナイしたいですか?

所属:プライド社/TEO財団特務部隊

発現分類:逃避型

根源感情:恐怖

固有異能:NO DATA

身体所見:黒髪/長髪/眼鏡着用/容姿端麗

精神所見:極めて真面目。規律を重んじる一方、易怒性あり

脅威度:★★☆☆☆


特記事項:

・プライド社の社長専属秘書であることに、強い誇りを持っている。


・社長に対しては厚い信頼と敬意を寄せており、自宅には社長グッズが保管されているとの噂もある。

※本人への確認は推奨されない。


・高い統率力を買われ、TEO財団特務部隊の隊長も兼任している。副隊長である途中(みちなか)とは何かと衝突が絶えない。


・好物はメガトンジャンボチョコバナナパフェ。

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