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DISAST  作者: 壱
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第9診『敬語』

——TEO財団本部・B5F。


「隊長ぉ〜。なんで今日もいるんですかぁ? まさか、いよいよ世代交代ですかぁ?」


「いえ、世代交代ではありません。今後は特務部隊長としての任務を主に担うことになりました。ですので、本部を空けることも減るでしょう」


「えぇ〜。それだとダラダラできないじゃぁん」


「ダ(・)ラ(・)ダ(・)ラ(・)するなと言ってるんです!」


 長江(おさえ)の拳の中でペンがミシリと悲鳴を上げ、そのまま真ん中からへし折れた。


 対する途中(みちなか)はその音にも瞬き一つせず、ぽけーっと突っ立っている。


「副隊長としての自覚はあるんですか?! そんなんだから、ほら——」


 長江が突きつけた指の先では4人の隊員が肩を寄せ合い、手元の端末を異様な熱心さでカチカチと操作している。


 天片堂(てんぺんどう)が世に放った携帯型ゲーム機——『Shift(シフト)』だ。


「Shift(シフト)やっちゃってるじゃないですかっ!!!」


「なっ、なんてことだ……!」


 途中(みちなか)が、胸でも撃ち抜かれたように二歩、三歩とよろめく。


「貴方のせいですよ!」


「それ……ボクがキャリーするって言ったのにっ!!!」


「そこじゃないっ! 仕事しろって言ってんのよ! このナマケモノ!」


 途中の頭に鋭い一撃(ビンタ)が炸裂する。


 スパーンッ!という小気味のいい音と共に、その身体がくの字に折れ曲がった。


 少し離れたところで、押し殺しきれなかった笑い声が漏れる。端末を抱えた4人組が揃って肩を震わせていた。


 その声を追うように、長江(おさえ)の視線がゆっくりと4人へ滑っていく。


「あら? そういえば、こちらにもナマケモノが居ましたね」


「やべっ、こっち向いた!」


「ちょっ! 隊長落ち着いて——」


 チュンッ! チュンッ!


 長江(おさえ)の指先から放たれた水弾が、自堕落4人組を目掛けて一直線に飛んでいく。

 先ほどまで笑いに揺れていた肩が一斉に跳ね上がる。

 次の瞬間、本能で何かを察したように4人は両手を上げたまま、廊下の先へ全力疾走し始める。その背を追い、水弾と4人分の悲鳴が廊下の奥へ消えていく。


「はぁ……まったく、私が居ない間にここまで堕ちていたとは……」


「ほんとですよねぇ」


「貴方の所為でしょうがっ! そもそも——」


 ビーッ! ビーッ!


 少なくとも1時間は続くはずだった説教の出鼻をけたたましいアラームが叩き折った。


 警報音は階層全域を隙間なく駆け巡る。


「えぇ〜、またぁ?」


「確かに、ここまで立て続けなのは珍しいですね……」


「今月入って、もう3度目になりますねぇ」


 せわしなく回る警告灯の光が長江(おさえ)の顔を何度も横切る。その眉間には深い皺が刻まれていた。


 長江(おさえ)は途中(みちなか)へ軽く手招きすると、そのまま踵を返した。コツ、コツ——二人分の足音が講堂(ホール)へ向かって遠ざかっていく。


 そこへ大型タブレットを抱えた女性隊員が、乱れた足音を引き連れて駆け込んでくる。


「水無瀬(みなせ)。今回の状況は?」


「は、はいっ! えっと、X区南部で、銃火器を所持した所属不明の武装集団が暴動を起こしているとの報告です。これまで相次いでいた暴動は、発現者の政治的地位の改善を訴えるものばかりでしたが、今回はどうやら毛色が違うようで……」


「毛色が違う? 暴動の理由は把握済みではないのですか?」


 長江(おさえ)は歩みを緩めず、顔は前に向けたまま、視線だけを水無瀬(みなせ)へ滑らせる。


「は、はい……あの、調査員によると、何かを訴えるというよりは……その……」


 水無瀬の唇がモゴモゴと言葉を探すように何度も開いては閉じる。しかし、その先が喉の奥に引っかかったまま、どうしても出てこないという様子であった。


「……まさか、殺しを楽しんでるヤツらとか言わないよねぇ?」


 途中(みちなか)の瞼が、ゆっくりと持ち上がる。

 普段は眠気に沈んでいる開かず瞳。その奥で、本来なら眠っているはずの何かが煮え滾っていた。

 

 その瞬間、長江(おさえ)の歩調が、ほんのわずかに鈍る。

 途中からこんな気配が滲んだことは一度もない。それでも、その感覚を長江の身体は知っていた。


 恐れでも驚きでもない。


 思い出せずとも今なお剥がれることのない酷く身に覚えのある不快さだった。


「もしも……もしも相手が本当に愉快犯なら、明確な要求も引き際もないはずです。終わらせる理由を持たない相手ほど、制圧は難しくなるでしょう」


「被害の程度にもよると思うけどぉ——この調子だといよいよA.C.E(エース)も出張ってくるんじゃないですかぁ?」


「そうね。単なる暴動で片づけるには、少し嫌な条件が揃いすぎているわ……」


「あ、敬語剥がれたぁ。やっぱり付け焼き刃だっ——」


 ドゴォンッ!!!

 

 その瞬間、人ひとりを覆い隠して余りある特大の水弾が、途中(みちなか)へ真正面からぶち当たった。

 廊下の壁が鈍く鳴り、その身体が深々とめり込んでいる。


「ないないしたかったのは頭だけじゃなかったようですね。手加減する手間が省けました」


 水無瀬(みなせ)の悲鳴が、廊下の端から端まで駆け抜けた。


 壁にめり込んだ途中(みちなか)を前に、水弾を撃ち込んだ本人だけが、憑き物でも落ちたような晴れやかな笑みを浮かべている。

 水無瀬は胸に抱えたタブレットを盾のように持ち直し、そっと一歩後退った。


「あ、あの……隊長……?」


 長江(おさえ)の首が、ゆっくりと水無瀬(みなせ)へ傾く。その笑みは少しも崩れない。


「あら、水無瀬(みなせ)隊員? 貴女まで文句があるのかしら?」

 

「いやいやいや! そんな滅相もありませんっ……! ただ……」


 水無瀬は首が外れそうな勢いで、何度も左右に振る。しかし、長江の笑みがほんのわずかに深くなる。


「——ただ?」


 水無瀬の指先がタブレットの縁をなぞる。しばらく床へ落ちていた視線が、恐る恐る持ち上がった。


「そっちのほうが……素敵だと……思います……」


 長江(おさえ)の笑みがわずかに揺らぐ。

 見開かれた目が二度、三度と瞬きを繰り返したあと、その唇から小さな溜息が漏れ出した。長江(おさえ)はそのまま踵を返し、再び歩き出した。


「ありがとう。それと、悪かったわ。この途中(ナマケモノ)の所為で、少し取り乱してしまって」


「は、はいっ!」


 長江(おさえ)は壁にめり込んだ途中(みちなか)へ一瞥もくれず、講堂(ホール)へ向かっていく。水無瀬(みなせ)もタブレットを抱え直し、慌ててその背を追った。


 そして、そこには壁と一体になった副隊長の姿だけが残されていた。







 ——TEO財団本部・B3F「講堂(ホール)」。


「点呼ッ!」


 号令が落ち、隊員たちが順番に番号を叫んでいく。

 最初に講堂へ響いた番号は「2」だったが、誰の眉も動くことはなかった。

 1番なら、どうせまた「腹が痛い」とでも言ってサボっているのだろう——列に並ぶ殆(ほとん)どが既にそう片づけていた。


 1人欠けたまま、点呼は滞りなく終わる。

 間髪入れずに長江(おさえ)の声が講堂を打った。


「皆を集めたのはほかでもない! X区南部で発生した武装暴動への対処です! もはや見慣れた光景でしょうが、決して侮らぬように!」


『「ハッ!!!」』


「そして今回の異能犯は、愉快犯である可能性が極めて高いとの情報が入っています! 交渉による沈静化は期待できません! 通常以上に制圧が困難になるものと心得なさい! 相応の覚悟をもって臨むように!」


『「ハッ!!!」』


 長江(おさえ)の淀みない号令に、隊員たちも声を揃えて応じた。

 その声の揃いように、ふと自分が不在だった間の講堂が脳裏をよぎる。

 演台で居眠りする途中(みちなか)。片足に重心を乗せてだらしなく立つ隊員。点呼の代わりに飛び交う、気の抜けた声——。


 光景が形を結びきるより先に、長江(おさえ)は首を横に振り、想像ごと脳裏から打ち払った。


「それでは準備はいいか!」


『「ハッ!!!」』


「私達ならッ!!!」


『「出来るッ!!!」』







 ——X区・南部。


「……ふひっ。カワイィなァ……キミ、カワイィなァ……」


 とある民家。2階へと続く階段の下で、一人の少女が身を縮めている。


 色褪せた水色の寝間着は、少女の身体だけを置き去りにして育ってしまったかのように大きい。広がった襟元から尖った鎖骨が覗き、余った袖の奥では細い指先が小刻みに震えている。そして、裸足の指は床板へ爪を立てるように丸まっていた。


 その行く手を大きな何かが塞いでいた。

 長いトレンチコートに、汚れた作業用の長靴。見上げなければ顔すら窺えないほどの巨漢であった。長靴のつま先は少女の裸足から半歩も離れていない。


 巨体を包むコートが、呼吸に合わせてゆっくりと膨らみ、萎む。そのたび、身体から染み出した饐(す)えた臭いが、階段下の空気を押し退けるように広がり、男が息をする度に気色の悪い生温さが張りついてくる。

 

 巨漢が一歩、踏み出した。

 床板が骨でも踏み砕いたような音を立てる。


「ナァなァ、キミさァ、何がスキ? 色だヨ、色イロッ」


 すぐに返すことなんて出来るはず無かった。

 噛み合わなくなった歯車のように震える顎が全てを物語る。

 

 答えなければ──。

 しかし、尋ねられている意味がわからない。


 何を聞かれているのか。

 何と答えればいいのか。

 何をこれからする気なのか。


 嫌な予感だけが少女の脳裏を駆け巡る。

 少女の視線が逃げ道を探す。階段、廊下、男の脇。


 消えたい。

 今すぐ、ここから。

 身体も声も初めから存在しなかったみたいに。


 死んでもいい。

 ただ、この先の景色だけは見たくなかった。その手が自分へ届く瞬間だけは、何ひとつ味わいたくなかった。


 行き場を失った思考が頭蓋の内側を巡り、何度も同じ場所へ戻ってくる。


「答エてくれナイのォ? じゃアさァ——」


 男の片腕が、ゆっくりと持ち上がる。


 トレンチコートの影から現れた手には、赤錆に覆われた鉈が握られていた。刃はところどころ欠け、こびり付いた黒ずみが光さえ鈍く濁らせている。

 

 やがて鉈は男の頭上でぴたりと止まり、切っ先が少女を見下ろした。その後、男の口からねっとりとした声が漏れ出した。


「赤……でいいヨね?」

発現事象統制機構《E.G.O.》

【公開調査記録 No.009】


-登録名称:TEO財団

-組織分類:民間総合支援機関

-代表者:理事長・塙原 番

-公開区分:一般


9.9.9事件を契機として設立された民間財団。医療・警備・復興支援を主な活動分野としており、行政機能だけでは対応が困難な異能関連事件や災害への対処を担っている。

一般人だけでなく多数の発現者も所属しており、それぞれの異能や専門知識に応じた部署へ配属される。中でも異能犯罪への対応を専門とする「特務部隊」と、負傷者の救護や治療を担う「衛生部隊」は各地で活動している。

活動範囲は中央都市内に限らず、X区やY区にも及ぶ。特に行政機能の弱い区域では事件の制圧から負傷者の救護、被災地域の復旧までを一貫して担う場合もある。

民間組織ではあるものの、その人員と技術力、資金力は極めて大きく、現在では異能対策に欠かすことのできない組織となっている。

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