Interlude ― 『白い花』
風が吹く。
まだ冷たさを残したその指先は、野の草をゆるやかに揺らし、ささやかな波紋を大地へと広げていく。
少女はその中を歩いた。
柔らかな靴底が草葉を踏みしめるたび、朝露は名残惜しそうに身を震わせ、小さな音を立てる。
白い花へと伸ばした指先は、壊れ物に触れるような慎ましさで茎を摘み取った。
摘み集めた花々を細い布で結べば、きゅ、と結び目の鳴る音だけが静寂に溶け、彼女の穏やかな吐息がそのあとへ続いた。
「……今日は、少し多めに。」
胸元に抱えた花束を見つめ、春色の瞳がわずかに細められる。
「きっと、喜んでくださいますよね。」
抱き直した腕の中で白い花々が小さく揺れ、甘い香りが風へほどけていった。
少女は振り返るように辺りを見渡す。
「春になると、ここは綺麗なんです。」
その言葉とともに、花びらほどの笑みがそっと唇へ宿る。
けれど、不意にその笑顔は止まった。
「……あれ。」
しばらく考え込むように首を傾げ、空を見上げる。
雲はゆっくりと流れ、陽光だけが静かに野原を照らしていた。
「春って、来たことがありましたっけ。」
遠く、森の向こうで一羽の鳥が羽を打つ。
その音だけが、忘れられた記憶を探すように空へ吸い込まれていった。
「まあ、いいですね。」
少女は小さく微笑む。
「花は、ちゃんと咲いていますから。」
再び歩き出した足音は、草原へ柔らかく沈み、風はその背中を追い越してどこまでも吹き抜けていく。
そして、遥か彼方。
名も知らぬ鐘が、一度だけ静かに鳴った。




