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勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
第四章 神聖ドミナス帝国

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第85話 武道会と言う名の、闘技場

 会場が湧いた。

 拍手の音とブーイングが舞い起きる。


 古代であれば、生かすか死ぬかを決める瞬間だろう。

 この地方は古代なのだから、ルールはまかり通る。


 生き残って、賞賛される者もいた。

 そのまま姿が見えなくなった者もいた。


「わたくしは……」


 スキルが重宝される。

 異邦人だから、別のルールに従う。


『それよりスキルのことは——』


 捕縛された時も、こんな武骨な石の壁だった。

 用意された食事に、毒は入っていなかった。

 栞は言った。


『スキルのことは絶対に言わないこと。底が知られた瞬間に、アタシ達の命の価値が決まる』


 栞は何故、それを知っていたのか。

 かなり初期から、意識をしているふうだった。

 読み解く力、その理の力か。


(いえ。わたくしもそうでしたから、分かりますわ。レベル1や2の時点で大したことは出来ませんでしたし)


 可能性があるとしたら、銀弦の光の時だ。

 蹴鞠は黒焔の剣。男二人に姫プレイを促され、もう一人の男には足を引っ張られた。

 見る余裕がなかった。


 周りではなく、奏という男を。


 ルックスで異世界人を惹きつける。

 異邦人二人の女も惹きつけられていた。

 彼くらいになると、他の女と一緒にいても、そういうものだと思うかもしれない。

 特に男連中は、見た目のコンプレックスで、彼を見ようともしなかった。


「情報の出所は、天野奏。天野奏から、如月栞は帝国がスキルを重用していることを聞いていた」


 あの時点で、天野奏が退いたのは、帝国に捕まりたくなかったからか。

 囀るが吉。音を操る力は、安く買いたたかれると思ったからか。


 アレならば、ひょうひょうと捕虜という役をこなせただろうに、と蹴鞠は思った。


「本当に助けを呼ぶつもりで……?」


 そこで天井が揺れた。

 場内が騒ぎ始めた。


 コロッセオの掃除が終わったらしい。


 次は自分の番。


 九条蹴鞠はスッと立ち上がった。

 巨大な鉄扉が、重々しい音を立てて開く。

 強烈な陽光が、暗い通路に一気に差し込む。

 鼓膜を破らんばかりの大歓声が、物理的な波となって蹴鞠の全身に押し寄せてきた。


「考えても仕方ありませんわね」



 蹴鞠は、一歩も怯むことなく歩みを進めた。

 足裏で、闘技場の乾いた砂を踏みしめる。

 楕円形の広大な闘技場が、抜けるような青空に向かってすり鉢状に広がっていた。


 観客席には何万人もの帝国民。皆、熱狂に顔を歪めている。

 色鮮やかな帝国の旗が風に激しく揺れ、闘争を煽る太鼓の音が、腹の底に響くように鳴り続けていた。


「たかが、辺境伯が」


 正面の最も高い位置にある玉座には、辺境伯ランルフが座っていた。


 古代のファラオを思わせる豪奢な出で立ちだった。

 背もたれの高い重厚な椅子に、微動だにせず深く収まっている。

 豪快で野蛮な男だと噂に聞いていたが、黙って座っている時の威圧感は、まるで巨大な彫刻のようだった。


(あの男……客席に?)


 そのすぐ斜め後ろには、見慣れた外套の男——ロベールがいた。

 相変わらずの卑屈な愛想笑いを浮かべ、辺境伯に向かって揉み手で何かを耳打ちしている。


 それより少し前列、全体を見渡しやすい位置に、特別来賓席が設けられていた。

 そこには、選帝侯が息子ユリウスが優雅に足を組んで座っていた。

 彼の美しい銀色の髪が、強い陽光を跳ね返して輝いている。

 その隣には、彼の従妹であるユノが座っていた。

 色素の薄い白い髪が風に揺れる。選帝侯の娘だが、幸の薄そうな顔立ち。


 だが、それでも彼女は、真っ直ぐに闘技場の中央に立つ蹴鞠を見つめていた。

 それぞれの背後には、従者たちが静かに、しかし隙なく控えている。


 そして、更にその横。

 蹴鞠は歩きながら、一瞬だけ鋭く目を止めた。


 ——ヴァルラだった。


 胸元が大きく開いた、夜空のような深い紺色のドレス。

 その上から羽織った半透明の薄地のロングコートが、闘技場の風を受けて僅かに揺らめいている。

 コートの肩から裾にかけてあしらわれた鷹の羽の刺繍が、光の中で妖しく銀色に輝いていた。

 扇情的な出で立ちは、格式高い来賓席の中でも明らかに異質な存在感を放っていた。

 背中まで流れる白金の髪。

 すべてを見透かす青灰色の瞳が、闘技場の中央に立つ蹴鞠を静かに、そして値踏みするように眺めている。

 彼女の左手の指先には、あの細長いキセルが握られていた。


 美しいドレスだ、と蹴鞠は純粋に思った。

 だが思って、次の瞬間には完全に打ち消した。


 山道でトロルに囲まれた、あの絶望的な夜を思い出したからだ。

 あの巨大で醜悪な影が、松明の赤い光の中に幾つも立っていた恐怖の夜。

 元凶である女の美しさに憧れる気持ちなど、綺麗に凍りついて砕け散った。


 そして、少し離れるが相沢誠司の姿も見える。 

 彼は、ヴァルラのヴィンターハルト家の屋敷に、軟禁されている。

 ヴァルラ曰く、ヨトゥンの中で勇敢に立ち向かったから、気に入ったという話だ。


(相沢誠司は……無事のようね。美咲は良い男を見つけましたのね)


 蹴鞠は砂を強く踏みしめ、闘技場の完全な中央に立った。

 途端に、観客の歓声がさらに一段階跳ね上がった。


『大トリは異邦人だ!』

『はぁ? 女じゃないか!』

『どれだけ持つかに賭けようぜ!』


 下品な怒号と賭けの声が、四方八方から飛び交う。


 来賓席のヴァルラが、優雅にキセルを一口吸い込んだ。

 それから、まるで犬に餌をやるような鷹揚な仕草で、空いた右手を闘技場へ向けてスッと翳した。


 ——大地が、鳴った。


 ゴォォォォ、と。

 低い、不気味な音だった。地の底の底から直接響いてくるような、重たい絶望の音。


 闘技場の砂が、地震のように激しく揺れた。

 蹴鞠から十歩ほど離れた場所。

 そこを中心にして、突然地面の色が真っ白に変わっていった。


 氷だ。


 乾いた砂の大地が、瞬く間に分厚い氷の塊へと変貌したのだ。

 そして、その氷床が、内部からの圧力によってメキメキと音を立てて割れた。


 轟音と共に、放射状の巨大な亀裂が走る。

 砂と氷の破片が猛烈な勢いで、上空へ舞い上がった。


「フィヨルドを間近で見れて、嬉しいですわね」


 その真っ白な亀裂の奥底から


 ——巨大すぎる青黒い腕が、ズドンと天を突くように突き出してきた。


 観客の歓声が、爆発した。

 太鼓の音が狂ったように乱れ打ちされ、旗がちぎれんばかりに激しく振られる。

 総立ちになった観客たちが、喉を潰さんばかりに絶叫する。

 子供が甲高い声を上げ、老人が興奮で顔を紅潮させて拳を振り上げる。


 南部の帝国の民は、いや今日は中部からも北部からも来ているかもしれない。

 帝国民は、この時間を待っていたのだ。


 圧倒的な暴力を見るためだけに、ここに集まっていたのだ。


 地響きを立てながら、ゆっくりと、その巨人が氷の穴から這い出てきた。


 ——ヴァルラのヨトゥンだ。


 分厚い氷を粉砕しながら、巨大な身体が闘技場へと姿を現した。


 岩のように硬く変質した青黒い肌。

 丸太など比較にならないほど太い腕。


 立ち上がったその頭の高さは、高所に設けられているはずの来賓席の目線とほぼ同じ位置にあった。

 トロルなど赤子に見えるほどの、圧倒的な質量。

 ヨトゥンが一歩足を踏み出すたびに、闘技場全体が激しく揺れ、砂が滝のように跳ね上がった。


「は、はじぇめぇええええひぇぇぇ!」


 進行役の審判が、無様な悲鳴を上げて逃げ出した。

 試合を裁くために闘技場の端に立っている男が逃げてしまった。


 しかし、誰も彼を笑わない。

 誰も見ていない。

 観客たちは、ただ熱狂的な目で巨人の姿だけを追っていた。


(駆……)


 脳裏をよぎったのは、フィニス王国の王城の光景だった。

 

(逃げるが吉の男に何が出来ますの?)


 そして、ロベールの言葉が再び蘇る。


『速水がトロルを倒した』


 あの卑劣なロベールの言葉を、額面通りに受け取るつもりはない。

 駆が一体どんな手を使って、どうやってトロルを倒したのかは全く分からない。

 分からないが。


 蹴鞠の口角が、好戦的に吊り上がった。


「あの審判のように、逃げる男に出来たのなら、——このわたくしが、木偶の坊に負けるわけがありませんわ!」


 ヨトゥンが、蹴鞠を視界に捉え、その丸太のような両腕を高く振り上げた。

 地を揺るがす大咆哮と共に、致命的な一撃が振り下ろされる。

 死を確信した観客の大歓声が、スタジアムに降り注いだ。


 ——『跳ねるが吉、レベル3』までなら


 蹴鞠は、圧縮したバネのように跳んだ。


 全ては見せない。だが、それでも。


 物理法則を完全に無視した跳躍だ。

 何十キロもある豪奢なドレスの裾が、空気を切り裂く。

 大量のフリルとパニエが限界まで膨らみ、一度無重力を味わう。


 見下ろすとヨトゥンの片足は、まだ氷に包まれていた。


「丁度良いですわね」


 蹴鞠は、遥か上空から急降下した。


 それは隕石と呼んでもおかしくない、圧倒的な運動エネルギーだった。


 この際だから、と蹴鞠は更に二倍のエネルギーを使う。


 陽気な水瀬舞のせいで、口数が少なめだが、九条蹴鞠は富豪の娘であり、アーティスティックなコスプレイヤーである。

 帝国でも、マジッククローゼットが用意されていたとはいえ、


「砕け散りなさい! いい加減、飽きてるんですの!」


 何か月も同じ服を着続ける。


 蹴鞠のストレスは、常にマックスに振りきれている。


 ドレスの超質量と、日頃の鬱憤を乗せた一撃が、巨人のまだ氷に包まれた関節部へ、打ち下ろされる。


 纏わりつく氷に罅が入る。


 ——ドォォォォォン!!


 落雷のような轟音。

 腕付きの氷が、ガラス細工のように粉々に砕け散った。

 凄まじい衝撃を受けた巨大な膝が、耐えきれずに闘技場の砂の中へ深く沈み込む。

 支えを失って、その巨体も大の字のまま、うつぶせに倒れ込む。


 莫大な砂埃と、かき氷のような細かい氷の粒が舞い上がる。


 エインハラ宮殿に、一瞬の完全な静寂が訪れた。


 次の瞬間、


「おおおおおおおおおおおおおおお!」

「ねぇちゃん、やるじゃねぇかっ!」


 何万人もの観客が、一斉に座席から身を乗り出したのだ。

 その結果を一秒でも早く見届けようと、全員が前のめりに倒れ込む。

 驚愕の叫び声とも、歓喜の悲鳴ともつかない異様な音が、楕円形の石の器の中でグワングワンと反響した。


 やがて。

 観客の熱風に吹かれ、埃がゆっくりと晴れていった。


 蹴鞠は、闘技場の中央、巨人の腕が沈んだすぐ横の砂の上に、音もなく着地していた。


 砂と氷の埃を被ったドレスの裾を、優雅な手つきで軽く払う。

 乱れたブロンドの巻き髪を一筋だけ、指先で丁寧に直した。


 どこまでも、涼しい顔だった。


 蹴鞠は、ゆっくりと顔を上げ、特等席である来賓席へと鋭い視線を向けた。

 驚愕に目を見開いているであろう、白金の髪の女。

 ヴァルラに視線を向ける。


「あら」


 蹴鞠は、誰にでも聞こえるようによく通る、凛とした声で言った。


「仕合いは、始まってましたわよね」


 そして、不敵な笑みを浮かべ、少しだけ意地悪な間を置いた。


「ルールはルールですわよね、ヴァルラ」


 来賓席のヴァルラは無言だった。

 ただ、彼女の手からこぼれ落ちたキセルの煙だけが、細く、頼りなく空へと伸びて消えていった。

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