あたたかい食事-3
着いたのは、いつもの喫茶店。
いつものコーヒーと、おまけのチョコレートでやり過ごすことにした。
「椿。結局あの娘はどうなった?」
「ああ…」
マスターは、渚を家に泊めている件を気にしているのだろう。
訊いてきたことに、変な意味は無いだろうが、そのまま言うわけにもいかない。
「(言えない。何度もキスをしたのに恋人ではない。素性も分からない。はっきりと分かっているのは、涙が真珠に変わることだけ)」
椿は無意識に腕を組んだ。
人が腕組みをするとき、相手に踏み込まれたくないという心理が働いているらしい。
腕組みをしたまま、コーヒーカップを口に近づけて、コーヒーが喉元を過ぎるまでに、何と説明しようか頭を働かせてた。
「ああ、あの娘…。なんかただの家出娘だったみたい。少し話したら気持ちが落ち着いて、家に帰ったよ。念のため連絡先を聞いて、たまにやりとりするけど、元気そうだよ」
こんなとき、口数が多くなるのは防衛反応からなのだろうか。
自分の心情を悟られまいと、静かに心の鍵をかけようとしたとき、椿のスマホにメッセージが届いた。
《オーディション、何とかやり切りました!》
「(乃上さん…)」
椿は、緩む前に口元を手で覆っで隠した。
葵のことだから、計算無く、ただただ真っ直ぐに頑張ったのだろう。
そんな姿が想像できて、思わず笑みが溢れそうになったのだが、今マスターに突っ込まれるにはいかなかった。
「(渚さんと何とも言えない関係なのに、さらにこうして、乃上さんとも親密に連絡を取り合っている)」
渚とも葵とも、ハッキリとしない関係のまま、ただ距離だけが近づいていることが、魚の小骨のように小さく引っかかっていた。
静かな喫茶店。
テレビから流れる時代劇の再放送の、武士の台詞が、くっきりと浮かび上がった。
『(花も折らず実もとらず 。拙者、器用ではない故)』




