婚約者は魔王(たぶん)
祝賀会での一件以来、社交界の勢力図は塗り替わった。
「ディーン殿下をお慕いする」令嬢はいなくなり、「アリア様をお慕いする」令嬢が溢れかえったのだ。
彼女たちは口々にこう言った。
「アリア様こそ、次代の国母にふさわしい!」
「あのような強さと気高さ……殿下をお支え(物理的に守る)できるのはアリア様しかいません!」
その熱狂的な後押しを受け、また王家としても「公爵家の娘で、かつ王太子を救った英雄」であるアリアを無視できるはずもなく。
とんとん拍子で、アリア・バスク・チュールはディーン・ジェット・ルアンの婚約者に内定した。
そして、婚約発表の茶会。
王宮のテラスにて、アリアとディーンは向かい合っていた。
「……こ、これからよろしく頼む、アリア嬢……」
ディーンの声は震えていた。
視線は泳ぎ、手元のティーカップがカタカタと音を立てている。
無理もない。目の前にいるのは、五匹のワイバーンを微笑みながら屠った殺戮マシーン(五歳)なのだから。
アリアは優雅に紅茶を一口飲み、カップを置いた。
そして、極上の――しかし温度を一切感じさせない――冷ややかな笑顔を向けた。
「ええ、こちらこそ。ふつつか者ですが、よろしくお願いしますわ、殿下」
その笑顔を見た瞬間、ディーンの背筋に氷柱を突っ込まれたような寒気が走った。
アリアの心の声が、幻聴のように聞こえてきそうだ。
『逃がさないわよ』と。
実際、アリアの脳内では着々と計画が練られていた。
(さて、この温室育ちをどう鍛え上げようかしら)
アリアの目的は二つ。
一つは、このヘタレ皇太子を、少なくとも自分の足手まといにならない程度には強化し、徹底的に管理下(下僕化)に置くこと。
そしてもう一つ、最大の目的は――
(王族との婚約……つまり、王族専用の高難易度ダンジョン『王家の墓所』へのアクセス権が手に入る)
この国には、王族とその関係者しか立ち入りを許されない古代ダンジョンが存在する。
そこには、一般のダンジョンとは比較にならない強敵と、ロストテクノロジーが眠っているという。
アキラの知識によれば、そこには『ステータス限界突破』のための重要アイテムがあるはずだ。
(ふふっ、入り放題ね。素晴らしいわ)
アリアの瞳が、欲望(レベル上げ欲)でギラリと光った。
それを「自分への殺意」と勘違いしたディーンは、ひっ、と息を呑んで椅子からずり落ちそうになった。
「あ、あの……アリア嬢? な、何か怒っている……?」
「いいえ? とても楽しみだと思っていましたの」
アリアはニッコリと笑った。
「これから殿下と過ごす日々が、と・て・も楽しみですわ」
「ひぃっ!」
「まずは手始めに……そうですね。来週から『王家の墓所』へピクニックに行きましょうか。護衛は私とお兄様だけで十分ですから」
「は、ぼっ墓所!? あそこはSランクの魔物が……!」
「大丈夫ですわ。私がついていますもの」
アリアはテーブルの下で、ディーンの手をギュッと握りしめた。
それは恋人繋ぎなどではなく、アイアンクローに近い握力だった。
「死なせはしません。……死ぬほど痛い目には遭うかもしれませんが」
「え……?」
「いいえ、独り言です。さあ、美味しいお菓子をいただきましょう?」
アリアは毒々しいほどに甘いケーキをフォークで刺した。
ディーンの顔色は、もはや真っ白だった。
こうして、皇太子の地獄の特訓……もとい、愛の婚約期間が始まったのである。




