王家の墓所と、限界のその先へ
「ひっ、ひぐっ……も、もう歩けない……!」
薄暗い石造りの回廊に、情けない嗚咽が響いた。
ここは『王家の墓所』、地下3階層。
歴代の王族が眠る神聖な場所であり、同時にアンデッド系モンスターが跋扈する危険地帯でもある。
ディーンは泥だらけの服を引きずり、四つん這いで進んでいた。
涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃだ。
彼の後ろには、ベルン、ガイル、ロイドの三人が、まるで歴戦の勇者のような顔つきで控えている。彼らはすでにこの環境に順応し、なんなら楽しんでさえいる。
そして、先頭を歩くアリアは、どこかのサロンにでもいるかのような涼しい顔だった。
「あら殿下、もうお疲れですか? まだ準備運動も終わっていませんのに」
アリアが杖でツンツンとディーンの肩をつつく。
「準備運動……!? スケルトンナイトの群れと……10回も戦ったのに……!?」
「ええ。おかげで殿下のレベルも5に上がりましたわ。おめでとうございます」
パチパチ、とアリアが乾いた拍手を送る。
ディーンは絶望した。
来る日も来る日も、アリアに引きずり回され、死ぬ寸前まで追い詰められては回復魔法で治される日々。
王太子としての威厳など、とっくに墓石の下だ。
「さあ、次は4階層よ。ここから先は敵の強さが跳ね上がるから、気合を入れてね」
アリアが楽しげに指差す先には、さらに深い闇が広がっている。
ディーンの瞳から光が消えかけた、その時だった。
『ピロン♪ レベルが上限(Lv.99)に達しました』
アリアの脳内に、待ちわびた音が鳴り響いた。
ついに来た。現時点での成長限界、レベル99。
アキラの知識によれば、この状態で『王家の墓所』の特定のエリアに踏み入ることが、限界突破の条件だ。
(ふふっ……やっとね。これで『人間』の枠を超えられる)
アリアの口元が、三日月のような凶悪な形に歪んだ。
その笑みは、美しい幼女のものではなく、完全に魔王のそれだった。
「……あ、アリア……? な、何だその顔は……」
ディーンが本能的な恐怖で後ずさる。
アリアは虚空を見つめながら、恍惚と呟いた。
「私も、まだまだね」
その言葉に、その場の空気が凍りついた。
下僕トリオも、そしてディーンも、耳を疑った。
(ま、まだまだ……!?)
(あのアリア様が、ご自身を未熟だと……!?)
(こ、これ以上の強さを求めてるのか、この化け物は……!)
彼らの目には、スケルトンナイトをデコピンで粉砕し、中層ボスのデュラハンを「邪魔」の一言で氷漬けにしたアリアの姿が焼き付いている。
それが「まだまだ」だと言うのだ。
「さあ、行きましょう。私の『殻』を壊しに」
アリアが踏み出した一歩は、ダンジョンの床をミシリと鳴らせた。
ディーンは悟った。
自分の婚約者は、人間をやめて神にでもなるつもりなのだと。
「た、助けてくれぇぇぇ……母上ぇぇぇ……!」
ディーンの悲鳴は、誰にも届くことなくダンジョンの闇に吸い込まれていった。
こうして、アリアの限界突破イベントは、ディーンのトラウマと共に幕を開けたのであった。




