公爵令嬢は止まらない
ダンジョンを出て、待たせていた馬車に乗り込もうとした瞬間、アリアの足が止まった。
彼女の視界に浮かぶステータス画面。
『アリア(5歳):Lv.19 次のレベルまで残り経験値:350』
(……あと少し。あと少しでレベル20。キリ番よ)
アリアの中で、ゲーマーとしての、そして強さを渇望する者としての本能が疼いた。
レベル20になれば、新たな固有スキルが解放されるはずだ。
それを目の前にして、優雅に馬車に揺られて帰る?
ありえない。時間の無駄だ。
アリアはクルリと振り返り、御者に告げた。
「馬車は先に帰していて」
「は? いえ、お嬢様、それは……」
「いいから。お父様には『お兄様と鍛錬しながら帰ります』と伝えて」
有無を言わせぬ圧で御者を黙らせると、アリアは下僕三人衆に向き直った。
「さあ、走るわよ」
「「「はいっ!!」」」
ベルンは慣れたもので即答したが、ガイルとロイドは一瞬遅れて、しかし必死に返事をした。
先ほどの宣言通り、地獄のトレーニング開始だ。
「目標、公爵邸までノンストップ。遅れたら『氷結』でお尻を凍らせるから」
アリアがスカートの裾を翻し、大地を蹴った。
その速度は、五歳児のそれではない。野生の豹のようだ。
「うおおおっ! アリア様待ってください!」
「し、死ぬ気で走れぇぇ!」
ベルンが続き、鎧をガチャガチャいわせながらガイルとロイドが必死に食らいつく。
街道を行く人々は、砂煙を上げて疾走する幼女と、それを追いかける男たちの集団を、口をあんぐりと開けて見送った。
「邪魔よ!」
街道には時折、ゴブリンや野犬などの低級モンスターが現れる。
だが、アリアは止まらない。
走りながら魔法を放ち、瞬殺する。
「『風刃』!」
シュパッ! とゴブリンの首が飛び、アリアは減速することなくその横を駆け抜ける。
「経験値ゲット。次!」
「す、すげぇ……走りながら詠唱だと!?」
「詠唱してねぇよ! 無詠唱だ!」
ガイルとロイドは走りながら驚愕の声を上げる。
彼らもまた、必死に走る中で体に活力がみなぎるのを感じていた。
アリアが無意識に放っている『身体強化エリア』の恩恵を受けていることに、彼らは気づいていない。
そんな一行の前に、不運な集団が現れた。
「ヒャッハー! 止まれ止まれぇ! 身ぐるみ剥いでやるぜぇ!」
街道を塞ぐように現れた、十数人の盗賊団。
薄汚い男たちが、ニヤニヤしながら武器を構えている。
「ああん? なんだこのガキどもは。おい、あの嬢ちゃん、高く売れそうだぞ」
盗賊の頭目が、アリアを見て下卑た笑みを浮かべた。
アリアは足を止めた。
盗賊たちは、獲物が恐怖で立ち止まったと思ったのだろう。
だが、違った。
アリアの目には、彼らが「人間」ではなく「経験値の塊」にしか見えていなかったのだ。
『敵性モブ出現:盗賊団(平均Lv.5)』
『殲滅推奨』
(ちょうどいいわ。これでレベルアップね)
「お兄様、ガイル、ロイド」
「はっ!」
「邪魔者を掃除するわよ。手加減無用」
アリアの冷徹な号令が響く。
次の瞬間、盗賊たちが目にしたのは、悪夢だった。
「せいやぁぁぁ!」
「どらぁぁぁ!」
覚醒したガイルとロイドが、鬱憤を晴らすかのように突撃し、盗賊たちをなぎ倒していく。アリアに「弱い」と言われた屈辱をバネに、彼らの動きはいつになくキレていた。
ベルンに至っては、流麗な剣技で頭目の武器を弾き飛ばし、喉元に剣を突きつけていた。
そして、逃げようとした残党には――
「逃がさないわ。『雷網』」
アリアが指を鳴らすと、電撃の網が広がり、盗賊たちを一網打尽にした。
「あががががっ!!」
全員、黒焦げになりながら白目を剥いて倒れる。
アリアの脳内に、ファンファーレが鳴り響いた。
『レベルアップ! Lv.20に到達しました』
『新スキル:【鑑定眼(真)】を習得しました』
(よしっ!)
アリアは小さくガッツポーズをした。
振り返ると、壊滅した盗賊団の中心で、ガイルとロイド、そしてベルンが、肩で息をしながらアリアを見ていた。
その目に宿っているのは、もはや恐怖だけではない。
圧倒的な強者への、純粋な「崇拝」と「畏敬」。
「アリア様……こいつら、どうしますか?」
「衛兵に引き渡しておいて。私たちは先に行くわよ」
アリアは再び走り出す。
その背中は、彼らにとってどんな将軍よりも大きく、頼もしく見えた。
「ついていきます、アリア様ぁぁぁ!!」
夕日が沈む街道を、奇妙な主従の絆で結ばれた四つの影が、風のように駆け抜けていった。
アリア、順調に脳筋の道を歩んでいます。もともとアキラにその気があったのですが、アリアも体を動かすのが好きでした。前生では、令嬢としてダンスをする時くらいしか、発揮出来てません。




