五歳児、ダンジョンの生態系を脅かす
「『氷縛』!」
アリアの可愛らしい声とともに、すばしっこいことで有名なメタルラビットの足が氷漬けにされた。
動けなくなった獲物に対し、アリアは容赦なく氷の礫を撃ち込む。
『ギャッ!』
断末魔とともに、銀色の毛皮を持つウサギが光の粒子となって消え、後に高価なドロップアイテムと魔石が残る。
これで二十匹目だ。
「はい、アリア様! 魔石です!」
「ありがとう、お兄様。回収が早くて助かるわ」
ベルンが甲斐甲斐しくドロップ品を拾い集め、それを後ろに控える護衛騎士たちに放り投げる。
騎士たちは、もはや悲鳴を上げる気力も失っていた。
「……なぁ、俺たち、夢を見てるんじゃないか?」
「五歳児が……あんな高機動の魔物を……魔法の雨あられで……」
「兄貴の方も大概だぞ。剣の一振りでウサギの首が飛んでる……」
彼らの背負い袋は、すでにレア素材でパンパンに膨れ上がっていた。
普通なら一生かかっても拝めないような金額の素材が、ゴミのように詰め込まれているのだ。
彼らの心はすでに「無」の境地に達していた。思考を放棄しなければ、正気を保てなかったからだ。
「ふぅ。この辺りのメタルラビットはあらかた狩り尽くしたわね」
アリアは周囲を見渡した。
本来なら逃げ足の速いレアモンスターだが、アリアの『索敵スキル』と広範囲制圧魔法の前には無力だった。
脳内のレベルアップ音が心地よい。
(ふふっ、レベルが3つも上がったわ。魔力容量も増えたし、新しいスキルも解放された)
アリアは満足げに頷くと、洞窟のさらに奥、暗闇が色濃くなる方角を指差した。
「じゃあ、次は最下層に行きましょうか」
その言葉に、死んだ魚のような目をしていた騎士たちが、ビクリと反応した。
「は……? さ、最下層……?」
「おいおいおい、冗談だろ!? ここは初心者用とはいえ、最下層のボスは『キング・ベア』だぞ! 騎士団でも小隊を組んで挑む相手だ!」
「そうだ! もう十分だろ! 帰ろう、な!?」
騎士たちが必死に懇願する。
しかし、アリアはキョトンとした顔で首をかしげた。
「キング・ベア? ああ、あの大きなクマさんのこと?」
「クマさんってレベルじゃねぇぞ! 全長5メートルはある化け物だ!」
「大丈夫よ。お兄様がいるもの」
アリアは信頼のこもった(という体の)眼差しをベルンに向ける。
「ねえ、お兄様。私、クマさんの毛皮の絨毯が欲しいな」
「……!」
ベルンの体に電撃が走った。
敬愛するアリア様からの「欲しい」というおねだり。
これを叶えずして、何が兄か、何が下僕か。
「任せてください、アリア様! あの程度の熊、僕が3分で沈めてみせます!」
「ええ、期待しているわ」
「ひぃぃぃ……!」
「正気じゃねぇ……こいつら、バーサーカーの家系か……?」
騎士たちの制止も虚しく、アリアとベルンは最下層への階段を降り始めた。
騎士たちは顔を見合わせ、涙目で覚悟を決めた。
ここで逃げ出して公爵家の子どもを死なせれば、待っているのは極刑だ。
ついて行っても死ぬ確率は高いが、この異常な兄妹ならあるいは……という、縋るような希望だけが彼らの足を動かしていた。
地下五階層。最深部。
広大なドーム状の空間の中央に、それはいた。
『キング・ベア』。
岩のような筋肉と、鋼鉄をも切り裂く爪を持つ、このダンジョンの主。
「グルルルオオオオオオッ!!」
侵入者に気づいたボスが、大地を揺るがす咆哮を上げる。
騎士たちが腰を抜かしてへたり込む中、アリアは楽しそうにクスクスと笑った。
(うん、いい経験値になりそう)
「行くぞ、クマ公! アリア様の絨毯になれ!」
ベルンが剣を構えて突撃する。
アリアもまた、小さな掌を前に突き出し、膨大な魔力を練り上げ始めた。
五歳の少女が放つ殺意に、ダンジョンの主が一瞬、怯んだように見えたのは気のせいではなかっただろう。
「さあ、ダンスの時間よ」
初心者ダンジョンの生態系崩壊の瞬間であった。




