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はじめてのダンジョン

「アリア様、お荷物はお持ちします!」

「ええ、頼むわねお兄様。中身はポーションと、あとでお腹が空いた時用のお菓子よ」

「はっ! 命に代えても守り抜きます!」


バスク公爵家の馬車の中。

10歳になったベルンは、5歳のアリアに対して忠犬のように振る舞っていた。

この二年間、アリアによるスパルタ教育……もとい「遊び」に付き合わされた結果、ベルンはすっかりアリア信者と化していたのだ。

ちなみに、ベルン自身のレベルも同年代に比べて異常に高くなっているが、本人は「アリア様に比べればゴミ虫以下」と謙遜(?)している。


今日は、ベルンの10歳の誕生日。

この国では10歳になると、ダンジョンへの立ち入りが許可される。

通常は騎士団や冒険者に引率されて安全な層を見学する程度だが、公爵家の跡取りとして箔をつけるため、ベルンは「初陣」を飾ることになったのだ。


そして、その「付き添い」としてアリアが強引についてきた。

表向きは「大好きなお兄様の勇姿を見たい」という可愛らしい理由だが、本音は当然、**『ダンジョンでの実戦経験値稼ぎ』**である。


「しかし……あのような護衛で大丈夫でしょうか」


ベルンが不安げに視線を向けた先には、馬車の外を騎乗してついてくる二人の騎士がいた。

公爵家お抱えの騎士だが、見るからにやる気がない。

「子守りなど面倒だ」「浅い階層を散歩して終わりだろ」といった会話が、強化されたアリアの聴覚には丸聞こえだった。


「問題ないわ。彼らはただの『入場パス』代わりよ」


ダンジョンには、未成年者だけでは入れない。大人の引率者(護衛)が必要なのだ。

アリアは不敵に微笑んだ。


「いざとなったら、お兄様が守ってくれるのでしょう?」

「は、はいっ! もちろんです!」


ベルンが顔を赤くして胸を張る。

チョロい。実に扱いやすい兄である。


馬車がダンジョンの入り口に到着した。

『初心者の洞窟』と呼ばれる、初級ダンジョンだ。


「さあ、行きましょうか」


アリアは愛らしいワンピース姿(ただしスカートの下は動きやすい短パン着用)で、意気揚々と洞窟へ足を踏み入れた。

護衛の騎士たちはあくびをしながらついてくる。


「おい坊ちゃん、嬢ちゃん。入り口付近でスライムでも一匹倒したら帰るぞ」

「奥まで行くなよ、迷子になっても知らんからな」


騎士たちの忠告を、アリアは華麗にスルーした。

アキラの知識によれば、このダンジョンの地下三階層に、序盤にしては破格の経験値を持つレアモンスター『メタルラビット』が出現するエリアがある。


「お兄様、あっちよ」

「はい!」


アリアは騎士たちが油断している隙に、隠し通路へと続く横道へスルスルと入り込んだ。

ベルンも迷わずついてくる。


「お、おい! どこへ行く!」


慌てて追いかけてくる騎士たち。

だが、その時だった。


「グルルル……!」


通路の奥から、真っ赤な目をした巨大な狼――『レッドウルフ』が三匹、飛び出してきたのだ。

通常、一階層には出ないはずの強力なモンスターだ。


「なっ、レッドウルフだと!? こんな浅い階層に!」

「ひ、ひぃぃ! 下がれ! 子どもたちを守……いや、俺たちが逃げるぞ!」


なんと、護衛の騎士たちは剣を抜くどころか、子どもたちを盾にして後ずさり始めた。

予想通りとはいえ、あまりのクズっぷりにアリアは呆れを通り越して感心した。


「……お兄様」

「はい、アリア様」


ベルンがスッと前に出る。

その手には、アリアが誕生日にプレゼントした(そして強制的に練習させた)ショートソードが握られている。


「やっておしまいなさい」


アリアの号令一下。

ベルンの姿がブレた。


「『加速ヘイスト』!」


アリアが背後から支援魔法を飛ばす。

ただでさえ鍛え上げられたベルンの速度が、さらに跳ね上がる。


「はあああっ!」


ベルンの一閃が、先頭のレッドウルフの首を刎ねた。

返り血を浴びることもなく、彼は回転しながら二匹目の懐に潜り込み、心臓を刺し貫く。

残る一匹がベルンに襲いかかろうとするが――


「『氷槍アイスランス』」


アリアが指先を向けると、氷の槍が狼の眉間を正確に貫いた。

ドサリ、と三匹の巨体が地に伏す。

戦闘開始から、わずか五秒。


「……ふぅ。アリア様の支援魔法のおかげです」

「いい動きだったわよ、お兄様」


二人は何事もなかったかのようにハイタッチを交わした。

その背後で、護衛の騎士たちは腰を抜かし、口をあんぐりと開けて固まっていた。


「な……な、何なんだ、あいつらは……」

「公爵家の子どもって、みんなこうなのか……?」


アリアは冷ややかな目で騎士たちを一瞥する。


「あら、騎士様たち。腰が抜けてしまわれたのですか? 立てないなら置いていきますけれど」

「あ、アリア様、彼らは荷物持ちに使いましょう」


ベルンが真顔で提案する。

完全にアリアの教育が行き届いている。


「そうね。じゃあ騎士様、その狼の素材と魔石を回収してついてきてくださいな。私たちは先に行きますから」


アリアは奥の暗闇を見据えた。

皇太子との婚約話が来る前に、もっと強くなっておかなければならない。

このダンジョンを、骨の髄までしゃぶり尽くすために。


「さあ、狩りの時間よ」


五歳の少女の無邪気な声が、洞窟の闇に溶けていった。

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