閑話 ガイルの春
それは、イフリート討伐を終えた夜のことだった。
サハルト王城の客室にて、ガイルは驚愕の光景を目にしていた。
「……メル、お前……」
「ひぃっ! 見ないでくださいぃぃ!」
ベッドの上で、メルが頭を抱えて震えている。
その頭頂部には、ふわふわとした茶色の犬耳がピンと立ち、スカートのお尻部分からは、これまたふわふわの尻尾が飛び出していた。
「私、獣人のハーフなんです……! 番になりたい相手ができると、体が大人になって……耳と尻尾が出てしまうんです!」
メルは泣きじゃくった。
獣人は多くの国で差別対象だ。ましてや、聖職者であるシスターが獣人など、知られれば破門どころか処刑もありえる。
そして何より、優しくしてくれたガイルに「化け物」と嫌われるのが怖かった。
「嫌ですよね……気持ち悪いですよね……っ!」
メルは逃げ出そうと窓へ向かう。
だが、ガイルの方が早かった。
ガシッ、と腕を掴み、そのまま抱き寄せる。
「逃げんじゃねぇ」
「ガイル様……?」
「誰が嫌うかよ。……むしろ、最高だ」
ガイルの手が、震えながらメルの犬耳に触れる。
ふわりとした感触。
ガイルは、隠れもふもふ好きだった。とにかく可愛いもの、ふわふわな物が大好き。日頃は隠しているが…
「それに、番になりたい相手ってのは……俺のことか?」
「……っ! はい……ガイル様が、好きです……」
真っ赤になって告白するメル。
ガイルの中で、何かがプツンと切れそうになった。
妹だと思っていた存在が、一人の異性として、しかも自分を求めてくれている。
可愛すぎる。もふもふすぎる。
(落ち着け俺……! 相手はまだ見た目10歳(実年齢17歳)だ! 手を出したら犯罪だ! ……いや、サハルトでは成人してるか? もふもふだけでも…いやいや、そういう問題じゃねぇ!)
ガイルは必死に理性をかき集め、メルを抱きしめたまま朝まで耐え抜くという苦行を成し遂げた。
***
翌朝。
アリアたちの元へ、ガイルが尻尾と耳を隠したメルを連れて報告に来た。
「……というわけで、メルは獣人のハーフでして」
「なるほど」
アリアとロイドはあっさり納得したが、ディーンの反応は違った。
「ガイル……貴様」
ディーンが低い声で唸り、ガイルの胸ぐらを掴んだ。
普段の温厚な彼からは想像もできない、ドスの効いた声だ。ガイルはその剣幕にひっ…と声を小さく上げた。
「獣人が成熟するのは、『番を見つけた時』……つまり、心身ともに深い関係になった時だぞ? ……ガイル…手を出したのかっお前!?」
「だ、出してません!! まだ!!」
「『まだ』って言ったな!? このロリコン野郎!」
ディーンが激昂するのは、自分自身がアリアに対して「手を出したくてたまらないが我慢している」からこその八つ当たりだった。
「まあまあ、ディーン様。ガイルにも春が来たのですから、祝福してあげましょう」
アリアが宥めると、ロイドが遠い目をして空を見上げた。
「はぁ……俺にも春が来ねぇかな……。犬耳美少女……いいなぁ……」
アリアは、おずおずとガイルの後ろに隠れるメルを見て、優しく微笑んだ。
「メルさん、獣人でも関係ありませんわ。貴女は私の大切な騎士の番ですから」
「アリア様……! ありがとうございます!」
「それにガイル。騎士団の寮では狭いでしょう? メルさんと暮らすための家を探しなさいね。資金なら貸してあげますわ」
「えっ……い、家ですか!?」
「ええ。二人で住むには、隣近所と離れた防音の優れた大きな家がいいでしょう?」
アリアの言葉に、ガイルとメルはボンッ! と音を立てて赤面した。
「防音」の意味を深読みしてしまったのだ。アリアは純粋に、メルが夜泣きや遠吠えをするかもしれないし、走り回るかもと思って言っただけだが…アリアは身近に獣人がいないので、獣人が人とほとんど変わらないことを知らなかった。
こうして、ガイルの理性崩壊へのカウントダウンと、新居探しという新たなミッションが加わり、一行のサハルト滞在は賑やかに幕を閉じた。




